『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.499

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たるか能といひ教侍し、喜兵衞石塔はうたれたる所の川原にあり、, て、御反叛の色を立給ひしとき、御招きにしたろひ、大坂に籠りしかは、足輕, りし故、こゝろをすく脇つほを〓てしとめたり、若者き鑓を輕ふりならひ, 次兵衞かたりけるき、喜兵衞は鑓をこゝろへざ乘たるか、鑓をあはする時、, かだにくはねにれは、家の軒にはね付をり、は〓られとり廻し不調法にあ, 引つれ、岸和田かしの木河原にて、永田次兵衞と勝負してうたれたり、永田, 時、大坂にこもりたり學るが、紀の路の案内しり侍し故、案内者として人數, 行長滅亡の後〓々し、かなた經廻せし處に、慶長十九年、秀頼公大坂にをい, 〔附録〕, ○以下淡輪重政ノコトニカヽル、, 等は男捨りたる故に、都て大坂表の儀は不存と答へしとかや、, 五十人御預、大野主馬首組に仰付らる、, 淡輪六郎兵衞は、小西攝津守行長の家人なり、, 〔勇士物語一言集〕五淡輪喜兵衞といふものき、泉〓士にて、大坂の陣の, 茗話記), 紀伊國續風土記附録, ○朝野舊聞哀稿, 六百八十一所載, 牟婁郡, 古文書之部十二, 〓那智山實方院藏, 十二, 淡輪重政, 元和元年四月二十九日, 四九九

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  • ○朝野舊聞哀稿
  • 六百八十一所載
  • 牟婁郡
  • 古文書之部十二
  • 〓那智山實方院藏
  • 十二

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  • 淡輪重政

  • 元和元年四月二十九日

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  • 四九九

注記 (25)

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