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て、あきが與左衞門と云上手ななろと云しとなり、, 與左衞門、笛春日市右衞門, ずさし人なり、はた亂拍子は、公方義晴上意あるに依て、宮増彌左衞門親賢, 郎長俊未生をせり、, 相傳とり、或年京五條, て能行はれし時、元忠西行櫻をせしが、其西行櫻に舞働あり、此時笛師牛尾, に、皷と太皷の方をさして、働をば舞ましとなり、或時元忠、與左衞門と同道, き、如何やうにも仰とさとし給かしと云、其時元忠笛をば鞘にさゝで居さ, せまさと云りとなむ、さて西行櫻にて、すはや數そふ時の皷と謠ひなから, 玄笛、樂屋にて元忠に向ひて云、囘り合とに依て、御能に逢る〓こそ忝く侍, にて他行さし時、與左衞門は長を道服を著たりけ〓が、路にそ田舍人見咎, せらまし吏あり、其時の相手は、大皷大藏二介、小皷觀世彦右衞門、太皷似我, なり、細川幽齋殿近江國青龍寺に, 元忠杜若の能に、自囃子を, 玉造の社地にて。初て勸進能行へり、觀世彌次, 與左衞門行跡は宜から, も、年月を欠り、追て考ふだし、, 弩ひた多なり、千野與一左衞門卒して後、觀世に, 笛なきが故に、市右衞門吹た〓なり、今春, ざりしとなり、また物毎, 通郁に苗字を貰ひて、春日と名告〓なり, 今の松, 市右衞門は、笛彦兵衞の弟子に、扇屋某と云〓に, に付て、とかく言をす〓たりしとなり、卒す%みぎり、遺言して云、後々觀卅, これ傳記に見えし所なれど, 座に、吾太鼓の篠を學ばむと思ふ者あらば、授〓あれかしとて、我書寫を〓, 原通、, 傳書八册、其餘にも書物彼是ありしをば、遺物として殘らず元忠〓贈りぬ、, 其書どもに觀世與左衞門と記たり、然れども與左衞門は、觀世の氏にはな, 西行櫻, 似我與左, 衞門傳書, 細川幽齋, 贈ル, ヲ元忠ニ, 天正十一年十二月五日, 三二四
割注
- 與左衞門行跡は宜から
- も、年月を欠り、追て考ふだし、
- 弩ひた多なり、千野與一左衞門卒して後、觀世に
- 笛なきが故に、市右衞門吹た〓なり、今春
- ざりしとなり、また物毎
- 通郁に苗字を貰ひて、春日と名告〓なり
- 今の松
- 市右衞門は、笛彦兵衞の弟子に、扇屋某と云〓に
- に付て、とかく言をす〓たりしとなり、卒す%みぎり、遺言して云、後々觀卅
- これ傳記に見えし所なれど
- 座に、吾太鼓の篠を學ばむと思ふ者あらば、授〓あれかしとて、我書寫を〓
- 原通、
- 傳書八册、其餘にも書物彼是ありしをば、遺物として殘らず元忠〓贈りぬ、
- 其書どもに觀世與左衞門と記たり、然れども與左衞門は、觀世の氏にはな
頭注
- 西行櫻
- 似我與左
- 衞門傳書
- 細川幽齋
- 贈ル
- ヲ元忠ニ
柱
- 天正十一年十二月五日
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- 三二四
注記 (37)
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