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等、山田か昇進を半は猜み、半は媚〓ふものもありけるとなり、, に驗なかりけれは、國王も本復なからん事を知り、カウハン, と仁左衞門を始、其外の長, 其外暹羅・逸比留人を召抱、都合貳万餘人、大祿・小祿それ〳〵に與へ、國を守らしむ、仁左衞, 人の及ふ所にあらすと、盆用ひ、長臣として、常に側にありて國〓を談す、されは暹羅代々の, かくて山田仁左衞門は逸比留國の軍功により、彼城地給り、貳拾五万石ほとの大身となり、, 見物する人山野に充滿し、天晴國主やと褒ぬものこそなかりし、仁左衞門、かくの〓くして, 内に二三年の星霜を送りける、しかる處に、暹羅國王病に伏し、醫藥數を盡すといへとも、更, 暹都に立歸て、國王に拜禮す、暹羅王、軍の次第一々聞て大に感悦し、仁左衞門か武略は暹羅, 臣を呼て命して云、我か病治療有へからす、太子に國を讓るの間、カウハンと仁左衞門兩人, 舊長臣の家に、此時カウハムと云者、渠か上にあれとも、只其座にあるのみ也、よつて國臣, 門は手勢二千餘人、日本行列に隨へ、其身は緋縅の鎧に鍬形の兜を猪首にきなし、大鹿びを以, 逸比留國主となり、暹都に定府して、國主の師範たれは、國中に肩を双ふる者なし、如斯する, 牽せたる國王の車に乘り、官車二万餘人を前後に率し、天竺の樂器を, 暹羅國王卒去、附遺命之〓, 元和七年九月一日, 行軍す、是を, 長臣, 笛・鐃鉢・太, 一ノ, 鼓・琴・瑟, 行軍す、是を, (〓アラン), 暹羅國王病, 三〇八
割注
- 長臣
- 笛・鐃鉢・太
- 一ノ
- 鼓・琴・瑟
- 行軍す、是を
- (〓アラン)
頭注
- 暹羅國王病
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- 三〇八
注記 (25)
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