『大日本史料』 11編 5 天正11年8月 p.958

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處なり、, にても其より先に進んて相働け、敵と鎗を合せん時、左右に心を移すへか, すへしとて、法令嚴重に云聞せ、船の櫓及ひ楫等を皆盡く取放たせて、遙の, く弓鐵炮を打捨、太刀を拔て切てかゝるへし、玉藥も多く持事無用なり、三, 餘の敵に切掛れ、必す組討することなかれ、下知を背く者あらは、打捨に致, 陣をは、旗を卷せて物陰に隱し置き、大將中務少輔家久軍令を出して曰く, らす、敵を切伏せたりとても、首を取事あるへからす、弱る敵をは打捨て、自, 日の合戰に、如何に、敵よりかくるとも、味方の矢炮を放つへからす、早討と, 龍造寺は去る良將なれは、尋常の如き軍にては勝事更にあるへからす、明, 放は打せねとも、千に一つも用ある時の爲なれは、三放まては持せよとて、, 云ん時、つるへ放しに同時に打て、折よくは二放しも放つへし、放つと均し, 大夫ト相戰ノトキ、有馬初メハ大友ニ屬シケレ〓、大友カ弓矢次第ニヨ, 其餘は悉く船中に殘さしむ、諸軍心を一つにし、吾か馬驗を目にかけ、一足, 山へと運せらる、是韓信か嚢砂背水の謀に同しく、諸軍に必死を示さるゝ, 〔前橋舊藏聞書〕五一肥前有馬ノ内嶋原ニヲイテ、龍造寺高信、有馬修理, 天正十二年三月十五日, 九五八

  • 天正十二年三月十五日

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  • 九五八

注記 (17)

  • 414,621,56,211處なり、
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