『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.534

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腰を懸て居たるを、永井傳八, 横合に鐵炮を急に打たしむ、母衣懸武者貳拾人計折敷て居けるか、鐵炮, ツ取、森庄藏鐵炮に當るを見て、本多八藏飛込首を取、池田勝入は牀机に, ましきと也、平松金次郎一番鑓ニ而百石の加増、永井傳八千石の加増、安, に打立られ、手〳〵に鑓を投〓にして引込、池田庄九郎は唯一騎無返し, て來るを、安藤彦兵衞討捕、庄九郎は勝入討るゝを見て乘返すといふ、其, 次より一萬石ニ而呼申さるゝ也、了簡するに、壹萬石にて呼れたる故に, への谷也、平松金次郎芝をたゝき、八幡々々と云て鑓を入る、鳥居金次郎、, 折敷たる由、敵は少き高き所也、神君の方も高き所也、間拾貳參間のな〓, 藤彦兵衞五百石の加増也、平松、鳥居後に一番鑓乃爭あり、其後平松は秀, 如案引取給ふ、追付大勢來る、其儘御座有たらは、一人も生て歸る者は有, 助見事成樣子と思ひ、飛込て鑓脇の高名、永井善右衞門高名、先手に首三, 平松に、追手の鑓は鑓に成ましきといふて、鳥居をも鑓をする、今村桁之, 時城伊庵申けるは、〓早急に爰を引取給ふへし、多分敵返し來らんと申、, 〓伏て首を捕、此合戰に神君下知にて、, 名高く成たる歟、, 天正十二年四月九日, 後號, 右近, 長可家康, 康ニ撤退, ニ陣ス, 共ニ高所, 城意庵家, 兩軍ノ間, ヲ進言ス, ハ谷, 五三四

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  • 後號
  • 右近

頭注

  • 長可家康
  • 康ニ撤退
  • ニ陣ス
  • 共ニ高所
  • 城意庵家
  • 兩軍ノ間
  • ヲ進言ス
  • ハ谷

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  • 五三四

注記 (28)

  • 1203,711,60,842腰を懸て居たるを、永井傳八
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