『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.688

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かけは大久保次右衞門より外はなきと重而上意也、其時太郎作、次右衞, 覽あり、御機嫌能して宣ひけるは、今日の先かけは大久保次右衞門なり、, 門に向て申樣、其方常の者ならは、申に及はぬ事なれとも、度々の武功な, 首を持參さんとせは、戰の妨にならむとの御事也、扨軍はて、しるしを御, る者か、上の御見誤りを幸にして居る事は、其方ニは似合ぬなり、山乃尾, 拔群の働との御感也、其時太郎作御前ニ有て思ふ樣、不審なる上意かな、, 節下知して御馬廻の輩を掛らせ給ひ、いつれも一同に馳かゝりけれは、, 敵即敗軍して、池田勝入父子をも討取し也、右の白羽織著したる武者は、, 名の輩御僉議あり、鐵炮の者乃働迄御直々聞せらる、其節又長久手の先, 止ぬ、それより小幡、小牧へ次第に引取せ給ふ、其後小牧に於て、長久手高, 崎より乘おろしたるは、某より外はなし、其方は渡邊彌之助と二騎下の, それは某か事にて可有ものをと存しけれとも、開き節なれは、其通にて, 々討捨に仕り、しるしには耳鼻をそた可參由、是は味方別而少數なまは, 森武藏守なりし由、此戰に下知し給ふは、敵を討取輩首持參は無用也、皆, 澤にひかへ居たる也、某天命盡はて、御覽ちかへの事是非に及はすと申, 天正十二年四月九日, ノ戰功ヲ, 家康忠佐, ト先驅ヲ, 正重忠佐, 褒ス, 論爭ス, 天正十二年四月九日, 六八八

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  • ノ戰功ヲ
  • 家康忠佐
  • ト先驅ヲ
  • 正重忠佐
  • 褒ス
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  • 天正十二年四月九日

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  • 六八八

注記 (24)

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