『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.867

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るは只戰場乃働に有、喧嘩を好は下僕の業なり、我今度於長久手年來出, る所を捨は明君と申へきなり、臣か今度の鑓は泥土に捨たりと言て、其, 座より出走す、後は前田利家に招かれ、八千石をうく、その後蒲生氏郷に, に、平松朱柄の鑓を拵たり、人相見て笑ひて聞、白柄の鑓を以敵と鋒を交、, て一万石を受たり、平松金次郎は性質驍勇にして外貌温順なり、或時一, 功は直を以論せさ好給ふ〓きに、君ひとへに平松に贔負し給ふは何事, あり、兵部り備と旗本と其間遠し、籏本にて鑓を合壹るゆへ、定を其働〓, よからん、然とも一番鑓をいはゝ、他にゆつるへからす、臣なりといふ、家, そや、大軍諸隊の鑓、君の一身兩眼こと〳〵く能御覽し屆〓るへきや、見, 友平松を惡口す、平松不答、人みな〓弱たりとおもへり、長久手合戰の前, 鑓に血付る事度々に及〓後ならて、朱柄の鑓持せさるは、日本の武士の, 法なりと言けるとなり、長久手陣の後、平松衆人の中にて、男子の勇とす, 康卿、鳥井勿論言、一番を既に平松に極めたりとの給ふ、鳥井かさ〓て、武, も見さるも公を以論してこそ一二を定らるへけれ、只見る所を取、見さ, 前見所なり、誰か爭へきやと宣ふ、鳥井か曰、臣は兵部少輔か手に先鋒に, 天正十二年四月九日, 利家ニ仕, 下ヲ出奔, へ又蒲生, シテ前田, 家康ノ摩, 氏郷ニ仕, 郎ノ人ト, 平松金次, 爲リ, 八六七

頭注

  • 利家ニ仕
  • 下ヲ出奔
  • へ又蒲生
  • シテ前田
  • 家康ノ摩
  • 氏郷ニ仕
  • 郎ノ人ト
  • 平松金次
  • 爲リ

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  • 八六七

注記 (26)

  • 302,715,67,2131るは只戰場乃働に有、喧嘩を好は下僕の業なり、我今度於長久手年來出
  • 1117,712,67,2132る所を捨は明君と申へきなり、臣か今度の鑓は泥土に捨たりと言て、其
  • 999,708,68,2132座より出走す、後は前田利家に招かれ、八千石をうく、その後蒲生氏郷に
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  • 883,711,68,2111て一万石を受たり、平松金次郎は性質驍勇にして外貌温順なり、或時一
  • 1469,712,65,2130功は直を以論せさ好給ふ〓きに、君ひとへに平松に贔負し給ふは何事
  • 1819,711,69,2126あり、兵部り備と旗本と其間遠し、籏本にて鑓を合壹るゆへ、定を其働〓
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