『大日本史料』 11編 7 天正12年4月 p.778

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餘騎なり、四番手は行彈正、大谷帶刀、松田新六等其勢二千三百餘騎と相, 逆茂木を結まはし、三ツ鱗の紋付たる幕を張、中央には、赤地に三ツ鱗の, 定め、殘る人々は、御本陣北條左京太夫氏直こ隨て押出す、御籏本の先陣, る籏を押立、金の分銅の馬印は朝倉能登守、大道寺源吉等其勢二千二百, 下知し、楯竹束を付、寄〳〵金皷をならし、足輕等鐵炮を打せ、烟の下より、, て、勢の多少は分らすとも、其時氏直は、大平山より尾崎中央に本陣を居、, 根大權現と書たる籏に、金の三ツ鱗に、猩々緋の一段はれん御馬印、五色, 紋付たる籏を立、また水色に江の島辯才天、白地に三島大明神、紺地に箱, を合せたり、其時小田原方の先陣大將田米九郎次郎、伊勢大和守、味方を, 都合一万五千餘騎、段々に押出、頃は天正十二年七月十八日、朝霧深くし, として、中條出羽守、田米伊勢守なり、次は御籏本、後前は大道寺駿河守等, 究竟の勇士をすくりて、鑓先揃へて〓掛たり、皆川方も、河津石見守扶其、, の吹流に朱の一ツ灯燈の御馬印は、先祖早雲より傳はりし、大將氏直机, 木を居、勇然と扣たり、備ひ相定まりしかは、鬪の聲を揚、草倉にても同時, 歩卒に下知して、鑓を取て待所に、小田原勢はとつと押寄、双, 天正十二年七月十五日, 共ニ作ル、, ○其、上ニハ, 大道寺政, 繁, 七七八

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  • 七七八

注記 (21)

  • 1674,707,59,2152餘騎なり、四番手は行彈正、大谷帶刀、松田新六等其勢二千三百餘騎と相
  • 1096,715,60,2142逆茂木を結まはし、三ツ鱗の紋付たる幕を張、中央には、赤地に三ツ鱗の
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