『大日本史料』 11編 9 天正12年9月 p.117

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シテ、連龍カ徳丸ノ堡ヲ攻メシム、連龍出丸ヲ構へ, 利家加州へ趣き給ふ、利家の下墨の如く、佐々河北郡こ發向して、已に津幡の町口押破ぬ云, に、佐々はさる勇將也、留守を心かけて、加州へ亂入せん事案の内也、いさや歸陣せんとて、, 々と載たり、是も傳聞の誤りなり、成政此時津幡まて來りたるにはあらす、されは中條村邊, 救ハン、且金澤御出陣之時、連龍及七尾ニアル諸士ニ御書ヲ賜テ曰、成政ヲ逐ヒ討ン爲ニ、末, 時なとの事とも、外記録に載さる事多し、虚實如何、尚勘考すへし、おもふに、前田安大夫記, とも、全文を爰に載す、但し書中傳聞の誤りと覺しきものなきにあらす、中にも末森後援の, 利家樣嘗テ連龍及七尾ニアルノ諸士ニ命シテ曰、若末森ニ事アラバ、汝等宜救之、予亦急ニ, 同年、佐々内藏助來テ末森城ヲ圍ム、, をその儘書綴りたりと見ゆれは、舊記の缺文を補ふに聊補盆なきにあらす、故に長文といへ, へその時出勢すへきよしなし、世を經るに隨ひ、追々過聞したるを聞取て、傳説のまゝを記, ヲ欺キテ引退カシム、退ニ及ンテ數輩ヲ討捕ル、, 同十二年、佐々内藏助、神保安藝ト謀ヲ合セ、能州末森ヲ攻ントホツス、因茲先氏春, 〔長對馬守續連事蹟〕伯父長九郎左衞門續連并父九郎左衞門連龍事跡, 載する故也、, 是ヲ防キ、間人ヲハナツテ、氏春, 窪田カ館, ト號ス、, 其勢, 千人, 長續連, 長連龍, 天正十二年九月十一日, 一一七

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  • 窪田カ館
  • ト號ス、
  • 其勢
  • 千人

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  • 長續連
  • 長連龍

  • 天正十二年九月十一日

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  • 一一七

注記 (24)

  • 774,605,58,1240シテ、連龍カ徳丸ノ堡ヲ攻メシム、連龍出丸ヲ構へ
  • 1458,601,72,2266利家加州へ趣き給ふ、利家の下墨の如く、佐々河北郡こ發向して、已に津幡の町口押破ぬ云
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  • 1342,609,70,2263々と載たり、是も傳聞の誤りなり、成政此時津幡まて來りたるにはあらす、されは中條村邊
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