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卷去ル所に今にあり、年月久布物なれは文字もさたかに見へす、壘帋に判者石川越前守也, て受取、是より高峠へ移しけるとかや、鍋の城に此時居住せし者の其名不知、今近邊の宿, さし出して、飛盞覽望して憂を消し、〓を極めける、是毎年の催しなりけり、其後弘治二年, る也、石川越前守言けるは、少年の作意には、是やさしくこそ覺ゆれとて、一卷終りぬ、此, なりとそ聞へし、, 頭等と共に、先ツ江淵の塩出若狹守か所に至り、小船數百艘用意して塩出の堀きわより棹, 天文二十一年には虎千代官途して備中守通清と名乘る、漁獵の遊覽有へしとて、西條の地, 岐越智之介は石川の右筆にて、宿所は長安村に在ける、才覺有人やらん、今般執筆仕りぬ、, 老に尋ぬれ共知れる者なし、此度の縁組は轆の城に居住しける大西道譽と云ものゝ才覺, と手替りにて書付有、然は此時の歌巧者と見へたり、此越前守は外に記したるものなし、定, 内究て狹ふして、名有者の住へき所にあらす、去とも越前守此地相應の身上哉覽、扨又讃, 而石川の家臣成へし、或人の言は福武に山城の跡あり、爰に居住せしと言也、然るに此境, 一永祿元年戊午の年七月三日に萩生村岸拂ひと言事始まれり、去は石川高峠へ移りて後、山, 丙辰に、阿州三好の女を備中守の室に送る、畑野の城主薦田四郎次郎出て向ひ、鍋の城こ, 林竹木を綺事を制禁す、是によりて松柏緑を重ねて雲に聳へ、檜杉の枝をましへて城を覆, 天正十二年十月十七日, 高峠ニ移, ノ女ヲ娶, 清ト名乘, 三好長慶, 備中守通, 石川越前, 守, ル, ル, 四二四
頭注
- 高峠ニ移
- ノ女ヲ娶
- 清ト名乘
- 三好長慶
- 備中守通
- 石川越前
- 守
- ル
ノンブル
- 四二四
注記 (26)
- 1676,627,62,2219卷去ル所に今にあり、年月久布物なれは文字もさたかに見へす、壘帋に判者石川越前守也
- 649,641,60,2214て受取、是より高峠へ移しけるとかや、鍋の城に此時居住せし者の其名不知、今近邊の宿
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