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る、其金坑はもと山梨郡黒川にありといへり、金峰山と黒川とは別地なるか、そはいまた, 登誌に、寶達山は藥草・金銀其外産物多き山なり、故こ寶達の名ありと記し、今も邑人然, 國小田郡なる礦山も萬葉こは道奥山とよめれと、今は金華山と稱し、大和國金峯山もこかね, る社即ち此金峰山に鎭座れは、陸奥と同しく金山の神ならむといへり、金銀圖録に甲斐國, 金通行其始を詳にせす、武田氏の舊制に因て天正中に改造せられ、今に迄一國通用を許さ, は長けれは長柄山、金ケ嶽は金の多けれは金峯山と名を得たりとあるも、古傳説に據たる, 足せし事見え、且謙信、能登を領せるやうの時もあれとも、寶達山の金を堀せし事は見えす、, の峯とも稱して黄金あるよし、扶桑略記・字治拾遺等に見え、源平盛衰記卅六に、比叡山, 然るを我國初に至て金の出る者は、誠に祖公の聖徳に因れる歟といへり、又太田道兼の能, 達礦山の事は、古書に見えねと、天正に是を堀しも不虞こては有まし、何そ古説に因て淘, いひ傳へり、良見おもふにいかさま寶貨の出る山は、まつは喜名を負へるにや、かの陸奥, ならむ、又甲斐國山梨郡にある金峯山もいにしへ金鑛にて、神名式に山梨郡金櫻神社とあ, 金戸夜金氣を望て堀得たる成へし、白石の五事略に、上杉謙信、佐渡の黄金を堀せて國用を, の礦山も是が山口をひらきそめしと聞ゆ、富田氏の來因〓覽にも此事をは論註して、此寶, 天正十二年雜載, 三七九
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- 天正十二年雜載
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- 三七九
注記 (16)
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- 1219,608,64,2294登誌に、寶達山は藥草・金銀其外産物多き山なり、故こ寶達の名ありと記し、今も邑人然
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