『大日本史料』 11編 16 天正13年5月 p.47

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候、如此成政一度は遂本意と時節を被考候を、利家公頓て御分別有て、初に違ひ輕々, 置、惣別越中大國にて候へ共、存之外人數過分に被抱候事、何も不審をなし候事尤ニ, 言合ては千五百石判形被遣けれは、我等も々々々と聞懸に引つとひ、越中へ心さし下, 候、其故は〓前尾州内府公・徳川殿と一味して、一度北國の大將に可罷成覺悟して、, 上方或は諸國の侍ともを五千石・六千石・七千石なとゝ約束して呼下し、又は千石と, 敷事毛頭無御座、勝て甲の緒をしめて、重く弓矢を御取候故、内藏介殿も御手を被失, 候、扨所付を見れは、山多き國なれは、山野まて詰入、漸々一ツ五歩には過貳ツにた, 留り候ゆへ、おもひの外人數多御座候か、後には皆乞食の體に罷成候者數人有之由こ, らぬ物成ゆへ、人の知たる侍とも、暇を請本國へ罷歸、或は加州利家公にとめられ居, 乙而、時刻を待被申候、越後と越中の境目に城を取て、丹羽權平に五百餘添て被籠, 留る者も御座候、其内はや加越弓矢になれは、此上は流石見捨候にも難成、無是非居, 今石動軍事, 候、, 龍、盆山の城には内藏介殿馬〓り替々番勢に被籠置、内藏介殿は富山城に一萬計人數, 天正十三年五月是月, 士漸ク離散, 成政麾下ノ, 衆増山ヲ守, 門木舟ヲ守, 成政ノ馬廻, 平守備ス, 越後ト越中, ノ境丹羽權, 佐々平左衞, ス, 天正十三年五月是月, 四七

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  • 士漸ク離散
  • 成政麾下ノ
  • 衆増山ヲ守
  • 門木舟ヲ守
  • 成政ノ馬廻
  • 平守備ス
  • 越後ト越中
  • ノ境丹羽權
  • 佐々平左衞

  • 天正十三年五月是月

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  • 四七

注記 (27)

  • 698,768,58,2169候、如此成政一度は遂本意と時節を被考候を、利家公頓て御分別有て、初に違ひ輕々
  • 1672,770,60,2172置、惣別越中大國にて候へ共、存之外人數過分に被抱候事、何も不審をなし候事尤ニ
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