『大日本史料』 11編 16 天正13年5月 p.257

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ある一嶋を與へて和を申し出でたり、此の條件は彼には受け入れ難きものなるも、生活, 彼は奇蹟的に生命を全うせしが、彼はそれを眠に就く時に手に持ちて祈り居りし數珠の, 彼を襲ひし彼の一家臣の手に依りて睡眠中に殘忍にも傷つけられし爲めにして、其の際, を爲し得ざる故に彼は之を受諾し、其の住民を悉くキリスト教徒と爲すべく決意を爲せ, 徳によるものと思ひたり、暴君は現在彼に、彼の家臣等と共に生活するに十分なる收入, ○以下兼定ノ子女妻室ノコトニカヽル、, り、, 土州幡多一條殿御代々, 健康の勝れざるなり、そは四年以前に、彼の國を奪ひたる暴虐者, 〔土佐一條家并長曾我部家過去帳〕, 〔斷家譜〕十二高嶋, 兼定, -女子, (秀忠室淺井氏), 藤原, 五百石、後隱居、寛文九年己酉九月八日沒、葬西久保天徳寺、法名光園院一譽清覺, 本國土佐、, 紋上藤丸獅子牡丹、, 號按察使、生國山城、崇源院樣江御奉公、御側、後御本丸大上藹、寛永十九年壬午賜, 年壬午七月朔日沒、年四十、, 條中納言、從三位、天正十, ○紀, 部元親, 五百石、後隱居、寛文九年己酉九月八日沒、葬西久保天徳寺、法名光園院一譽清覺, 伊, ○長宗我, 右中將房基男, 察使, 兼定ノ女按, 天正十三年七月一日, 二五七

割注

  • 本國土佐、
  • 紋上藤丸獅子牡丹、
  • 號按察使、生國山城、崇源院樣江御奉公、御側、後御本丸大上藹、寛永十九年壬午賜
  • 年壬午七月朔日沒、年四十、
  • 條中納言、從三位、天正十
  • ○紀
  • 部元親
  • 五百石、後隱居、寛文九年己酉九月八日沒、葬西久保天徳寺、法名光園院一譽清覺
  • ○長宗我
  • 右中將房基男

頭注

  • 察使
  • 兼定ノ女按

  • 天正十三年七月一日

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  • 二五七

注記 (31)

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