『大日本史料』 10編 2 永禄12年3月~同年6月 p.241

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にして、彼は阿波の國に於ける絶大の領主たり、彼の家臣に、一人のキリシ, 至ること二度に及べるが、彼がかく都の三人の執政の意向に反して、パー, ドレを優遇せることを見て、異教徒は大に驚けり、其後彼は、右のキリシタ, 意に立ちしかば、表面には、好言を用ひて、友愛と温和とを示せるも、併かも, ンの武士に自筆の書翰を授けて、王の顧問なる都の公家の許に遣し、パー, はしめたり、然るに其囘答稍遲延せるにより、彼は累ねて書翰を送れり、重, レを優遇し、示すに幾多の敬意と親情とを以てし、また堺に出づる毎に、彼, ドレが追放を被るは不當なるが故に、彼の爲めに内裏に語らんことを請, の三人の同僚とパードレ復歸のことを議し、而してそれに就きて、屡阿波, タンの武士あり、彼を助けて他に勝り、彼の家中の差配たり、その名をタケ, 國よりパードレに報ずるところありき、併かも彼の三人は、其二人まで敵, 實は決して讓るところなかりき、, 此阿波侯は、パードレの爲めに談ずるところあらんとして、三好殿の許に, ダ・イチダイフドノといふ、此家臣に對し、又その進言によりて、彼はパード, 此時權勢彼等に勝り、殆んど彼等を左右するの地位にありしものは、篠原, 永祿十二年四月八日, 公家衆ノ, 非難, 長房ふろ, いすノ入, 篠原長房, 京ヲ圖ル, 永祿十二年四月八日, 二四一

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  • 公家衆ノ
  • 非難
  • 長房ふろ
  • いすノ入
  • 篠原長房
  • 京ヲ圖ル

  • 永祿十二年四月八日

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  • 二四一

注記 (24)

  • 1804,681,60,2186にして、彼は阿波の國に於ける絶大の領主たり、彼の家臣に、一人のキリシ
  • 763,669,62,2202至ること二度に及べるが、彼がかく都の三人の執政の意向に反して、パー
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  • 1456,682,64,2192レを優遇し、示すに幾多の敬意と親情とを以てし、また堺に出づる毎に、彼
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