Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
平か先祖、, 一堆方二十尺はかりに築あけ石佛を安置したる處あり、是は天正の戰に小早川隆景爰に, 沒よりいまた年數を不經うちに鑿出せる歟、中心に銘の痕見ゆ、, 右備後守の塚より十四五間東に、石積あけ櫻木生ひ、首塚とも亦千人塚とも呼習はし、, 搆たるもの歟、この處の塚は周方九尺はかり、近世金子氏の末孫等小祠を建てこれを祀, 兵器の出る事珍しからす、折戟沈沙鐵半消とは聞ケ共、此刀を見るに形體消滅せるもの, にあらす、精練の良器土これを朽しむる事不能、水これを腐しむる事を不得歟、又は埋, て首を實檢し、それを埋たる塚也と云、此野々市の在所に久しく住て今組頭を勤居る爲, を曠原に暴し骨を此荒墳に止たるなるへし、然して金子村の墓碑は居城の下へ後世設け, 此邊より短刀一口を鑿出す、今猶傳て爲平か家にあり、古戰場より, る、, 本堂, 釣鐘堂, 庫裨, 〔西條誌〕, 慈眼寺, 鎭守金子社, 觀世音, 正法山、禪宗曹洞派、奧州岩城郡胡〓, 澤淵寶山長源寺末、檀家凡五百軒、, 九間半, 年代名稱詳, 七間, 四方, 一丈, 五間, ならす、, 金子村, 七間半, 十四, 本尊, 首塚, 千人塚, 慈眼寺, 天正十三年七月十七日, 二二三
割注
- 正法山、禪宗曹洞派、奧州岩城郡胡〓
- 澤淵寶山長源寺末、檀家凡五百軒、
- 九間半
- 年代名稱詳
- 七間
- 四方
- 一丈
- 五間
- ならす、
- 金子村
- 七間半
- 十四
- 本尊
頭注
- 首塚
- 千人塚
- 慈眼寺
柱
- 天正十三年七月十七日
ノンブル
- 二二三
注記 (36)
- 1149,671,55,247平か先祖、
- 1379,687,69,2232一堆方二十尺はかりに築あけ石佛を安置したる處あり、是は天正の戰に小早川隆景爰に
- 771,670,61,1631沒よりいまた年數を不經うちに鑿出せる歟、中心に銘の痕見ゆ、
- 1500,670,68,2223右備後守の塚より十四五間東に、石積あけ櫻木生ひ、首塚とも亦千人塚とも呼習はし、
- 1754,668,68,2259搆たるもの歟、この處の塚は周方九尺はかり、近世金子氏の末孫等小祠を建てこれを祀
- 1014,669,67,2246兵器の出る事珍しからす、折戟沈沙鐵半消とは聞ケ共、此刀を見るに形體消滅せるもの
- 891,675,65,2243にあらす、精練の良器土これを朽しむる事不能、水これを腐しむる事を不得歟、又は埋
- 1260,672,68,2257て首を實檢し、それを埋たる塚也と云、此野々市の在所に久しく住て今組頭を勤居る爲
- 1873,674,67,2249を曠原に暴し骨を此荒墳に止たるなるへし、然して金子村の墓碑は居城の下へ後世設け
- 1138,1189,65,1735此邊より短刀一口を鑿出す、今猶傳て爲平か家にあり、古戰場より
- 1652,676,46,67る、
- 399,783,57,110本堂
- 276,784,55,164釣鐘堂
- 402,1090,48,102庫裨
- 645,646,73,264〔西條誌〕
- 655,1146,52,169慈眼寺
- 273,1101,55,282鎭守金子社
- 523,783,54,168觀世音
- 678,1320,44,744正法山、禪宗曹洞派、奧州岩城郡胡〓
- 635,1318,43,671澤淵寶山長源寺末、檀家凡五百軒、
- 383,1208,40,119九間半
- 1176,942,41,216年代名稱詳
- 427,1207,41,77七間
- 259,957,40,81四方
- 302,964,43,72一丈
- 428,904,43,76五間
- 1134,943,36,139ならす、
- 639,959,40,123金子村
- 385,902,40,121七間半
- 685,961,38,76十四
- 581,747,39,82本尊
- 1543,327,39,79首塚
- 1494,328,38,125千人塚
- 658,324,39,126慈眼寺
- 149,836,41,428天正十三年七月十七日
- 142,2393,40,117二二三







