『大日本史料』 11編 18 天正13年8月 p.146

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八日、〓、秀吉、越中富山城ノ佐々成政ヲ征セントシテ、京都ヲ發ス、, 後世の俗言妄語とも云へけれと、前顯の印書に據れは、天正の頃より既に魚類をはさ, 八月, かなと呼ひたりしこと知られけり、さて此時世は加賀の近海もありしかと、能美・江, をさかなと呼へり、甚しきに至りては、酒のさかななと呼ひて重語とも知らす、實に, 海なるか故に、海獵を産業となせる漁人のみなり、依て秀吉公、佐々征伐として出馬, ヲ北三郷ト云、以上十ケ村ヲ大呑郷ト唱申とあり、此地邊は越中射水郡氷見浦の繼き, にて、惣號を儺浦と稱シ、越中と能登との地堺なる海岸也、殊に氷見のつゝきなる入, 沼の浦方は勿論、松任の浦邊なとも皆他領なりし故ならんか、, 菜にて酒饌なりしかと、酒饌は魚鳥を第一の美饌となす故にや、後世北地の俗言魚類, し給ひ、尾山著城以後日々饗應方用途の魚類、十二日より毎日尾山へ可持參との命令, 也、浦々さかな之事と載給へるさかなは、魚類の俗言なるへし、おもふにさかなは酒, 七日、乙巳、關白秀吉御上洛、公家衆爲御迎被罷出云々、予毎度不罷出也、明日北國ヘ, 〔兼見卿記〕九, 天正十三年八月八日, ノ由來, さかなノ語, 大呑郷十ケ, 村, 天正十三年八月八日, 一四六

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  • ノ由來
  • さかなノ語
  • 大呑郷十ケ

  • 天正十三年八月八日

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  • 一四六

注記 (21)

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