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又曰、元龜二年二月廿七日、黒田美濃守職隆備前より江陽に來り、, たり、其後近江より備前國にうつる、重隆始は同國福岡里に居たりしに、其國爭亂しけ, の家に傳りたる赤坂丸といふ太刀を獻す、屋形甚悦て黒田を賞す云々、, 國蒲生郡佐々木郷にすみ、始めて兵器を帶し武將となり、其玄孫佐々木源三秀義か嫡子, 黒田職隆、元の名は滿隆、始め兵庫助、後美濃守に改め、年老ひ髮を下し宗圓と稱す、, 守・京極長門守・黒田美濃守等、大津を立て茨川表へ打て出、宇治川尻にて敵味方寄, 多天皇の皇子敦實親王の子左大臣雅信公、姓を源朝臣と賜はる、其孫兵庫頭成頼、近江, 大永四年備前國邑久郡福岡里に生る、父を黒田下野守重隆といへり、其源を尋れは、宇, 左衞門尉定綱五代の孫左衞門尉宗清、同國伊香郡黒田村にすみて黒田を氏とせしより出, 時、信長の先手七千五百騎、二手に成て柳瀬より南に向て攻來る、江州方進藤山城, 合て力戰す、今日黒田美濃守職隆先陳して身方利を得、首八百七十二打取、, 「今日進藤山城守を以觀音寺の城に出仕して屋形に〓し、黒田, 〕, 田家譜〕, 〔好〕, 〓斷黒田家譜〕黒田世譜一黒田職隆譜, 職隆既に播州に移り住せ, し、江源武鑑、備前より來るシ, いへるは偶然の誤りなるへし、, らる事前にいふかこシ, 高政既に江州を去て他國にゆき、重隆・職隆も他國に住すといへ共、佐々木は黒田の宗領にて、且又舊, 功ある故に其本を忘れすして、重隆・職隆共に遠國より江州え時々出動し、使節をも立られけるなり、, 福岡巨], 筑前〓二〓, 引前, 天正十三年八月二十二日, 二五七
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- 職隆既に播州に移り住せ
- し、江源武鑑、備前より來るシ
- いへるは偶然の誤りなるへし、
- らる事前にいふかこシ
- 高政既に江州を去て他國にゆき、重隆・職隆も他國に住すといへ共、佐々木は黒田の宗領にて、且又舊
- 功ある故に其本を忘れすして、重隆・職隆共に遠國より江州え時々出動し、使節をも立られけるなり、
- 福岡巨]
- 筑前〓二〓
- 引前
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- 天正十三年八月二十二日
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- 二五七
注記 (27)
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