『大日本史料』 11編 19 天正13年閏8月 p.80

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へし、味方あへて進むことなかれと、諸將これをきかす、士卒を下知して直にすゝむ、, 下さるゝは、汝等諸將と議り、速に兵を上田に發すへしとなり、閏八月二日、康國丘兵, 元忠・岡部長盛等をして、信濃國におもむかしめたまひ、康國をよひ大久保忠世に仰, おほいに敗績す、このとき康國鐘の纒を河邊に建て、士卒を集め後殿に備ふ、故に諸, 昌幸はたして奇計を設、伏兵を發し、前後よりさしはさみてこれをうつ、味方の諸將, かす、城中寂として聲なし、康國左右をかへりみていはく、この城かならす伏兵ある, を率ゐて上田に發し、先隊となる、二隊忠世、三隊親吉、四隊元忠、五隊長盛、六隊, 直政、其餘屋代秀正・諏訪頼忠等なり、ときに諸將軍議區にして一決せす、あらかし, め敗兵の兆あり、すてにして康國、加賀川を渉りて兵をすゝむ、昌幸あへてこれを防, 將のかるゝ事をえたり、三日、諸將八重原に陣す、昌幸また出て手白塚に屯す、康國, 康國十三年七月、東照宮昌幸か上田城を攻られむかため、井伊直政・平岩親吉・鳥居, 修理大夫從五位下, 竹福丸源十郎, やすくに, 康國, 立、福内, 依田康國, 天正十三年閏八月二日, 源八郎, 信幸, 伊賀守, 八〇

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  • 修理大夫從五位下
  • 竹福丸源十郎
  • やすくに
  • 康國
  • 立、福内

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  • 依田康國

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  • 天正十三年閏八月二日
  • 源八郎
  • 信幸
  • 伊賀守

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  • 八〇

注記 (22)

  • 501,795,57,2193へし、味方あへて進むことなかれと、諸將これをきかす、士卒を下知して直にすゝむ、
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