『大日本史料』 11編 19 天正13年閏8月 p.81

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とあらたむへきむね、大久保忠世をして仰下さる、, 父下野守信守か武田信玄よりゆるされしところの、黒地のおりかけを用ひ、名も信守, れに應して軍を出す、昌幸走りて城中に入、これを追撃して首級をえたり、のち久し, 騎士數十人を引て、みつから大物見す、ときに康國急に兵を發し競ひすゝむ、諸將人」, く對陣すといへとも利なし、よりて濱松より令を下され、諸將をして軍を收めらる、, 忠世と議して諸將に牒し、軍を促すといへとも、諸將あへてすゝます、二十日、昌幸, 守も康國にしたかひて、しは〳〵戰場におもむき、戰ふ毎に功あり、これによりて祖, 康國も兵を率ゐて小諸にかへる、, 依田, 信守十三年七月、東照宮諸將をして眞田昌幸か籠れる信濃國上田城を攻しめらる、信, 信幸, 源八郎伊賀守, 信政, 〔寛政重修諸家譜〕, 今の呈語信行或は幸慶に作る、, -信守, 信政, 三百五, 十七, 貫は信幸か二男、母は某氏、信守か嗣となる、, 源太郎肥前守, 肥前守, 兄信守か養子、, のふまさ, 肥前守, 今の呈譜信行或は幸慶に作る、, 源太郎, 依田信守, 〔寛政重修諸家譜〕, 天正十三年閏八月二日, 八一

割注

  • 三百五
  • 十七
  • 貫は信幸か二男、母は某氏、信守か嗣となる、
  • 源太郎肥前守
  • 肥前守
  • 兄信守か養子、
  • のふまさ
  • 今の呈譜信行或は幸慶に作る、
  • 源太郎

頭注

  • 依田信守

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  • 〔寛政重修諸家譜〕

  • 天正十三年閏八月二日

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  • 八一

注記 (31)

  • 275,787,56,1279とあらたむへきむね、大久保忠世をして仰下さる、
  • 396,784,57,2187父下野守信守か武田信玄よりゆるされしところの、黒地のおりかけを用ひ、名も信守
  • 1668,789,58,2175れに應して軍を出す、昌幸走りて城中に入、これを追撃して首級をえたり、のち久し
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