『大日本史料』 11編 19 天正13年閏8月 p.120

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を押崩し、昌幸を初め一度にとつと〓て出、大軍を追崩しける、, 兵士色を直しけり、寄手馳來るといへ共、右のをがらすを疑ひて、推破る事あたはず、, 家康公は甲州若神子迄御出馬、御先手は段々上田へ押寄、一萬餘の御人數也、味方は二, たとや、敵ならは討てとれと口號み、少しも騒かす居られしを、軍法者來福寺目算し碁, しを、使番物見の者共馳歸り、常田口迄敵攻寄候と注進す、昌幸は碁の詞に、敵がよせ, てせり合、扨引取時必定付入にせん間、弱々と引取候へと被申含、其如く迫合、立て引, 只寒川にて毎度入亂れて合戰す、昌幸は本丸に於て安間平助と碁を打、優然として被居, 取時、三州衆如按付入に、大手の門迄押寄、房州少しも不騒、鎗ふすまを作り、急度扣, けれは、敵しらみける所に、兼て又計略に、町中に千鳥かけを結せ置、町を自燒して、, みて見えしか、信之か謀に、〓簾を味方の一丁計前にはらせて、敵の銃氣を塞しかは、, 家康公御出馬ありて、寒川を隔て防戰ひ、寄手大軍にて襲來るを見て、味方の兵勇氣撓, 千騎に不足、房州兼ての手立には、五百計にて大手の門を開かせ待懸、豆州は城下へ出, 父子の人數を合せ、町の小路〳〵より〓て出けれは、敵悉く敗軍し、町中にて餘多討取, 〔沼田記〕, 天正十三年閏八月二日, 十一所收, ○先公實録, 藉簾, 安間平助, 一二〇

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  • 十一所收
  • ○先公實録

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  • 安間平助

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  • 一二〇

注記 (20)

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  • 1394,716,61,2211兵士色を直しけり、寄手馳來るといへ共、右のをがらすを疑ひて、推破る事あたはず、
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