『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.431

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には揚貝立て、馬印の本に集る、夫ゟ因幡は退ケにける、無際限手負引か, たて籠る者とも大利を得る、殊に信州〓人雨ノ宮と云者を、今井抱イて, 今井か妻の有さまさなから靜もかくやと、敵味方譽メざるはなし、敵陣, なれは、飛行自在の働キ也、柴田下知にて、搦手へ人數を廻し、一ノ木戸邊, け〳〵のくもあり、味方も人數しらべ見れは、討死三十貳人あり、敵の首, て也、山城の事なれば、敵を下手にして、防戰成ルゆへ、大勢と云共敵不叶, 有ば、其日の働敵味方目を驚す、兼而は六具にて六間のから堀を飛もの, に仕寄けるに、味方は拂て大手にあり、今井か女房腹卷にて、みたせ髪に, 鉢卷して長刀を持、下女端手に下知して、石磨、茶臼、撞臼轉かけて打倒す、, をあらたむれば八十三也、高名の暇名をしるし、討取首共に春日山へ注, 進す、景勝公も大感あり、今井所へ御感状御書被下、并同心其外へ皆御感, 大勢にて笹岡の城を取詰ける、小せり合は日夜なれとも、大勢なるは初, 状を被下、田畠の作りしつけて後、御馬可爲出とありし、, 上杉景勝ノ將須田左衞門佐等、信濃丸岩、三原ヲ攻略ス、是日、景勝、之ヲ, )下略、景勝、麻績, カヽル、上, ノ政ムルコト二, ニ收ム、, 今井某ガ, 重家退ク, 笹岡ハ山, 妻ノ奮戰, 城, ヲ攻ム, 天正十二年四月一日, 四三一

割注

  • )下略、景勝、麻績
  • カヽル、上
  • ノ政ムルコト二
  • ニ收ム、

頭注

  • 今井某ガ
  • 重家退ク
  • 笹岡ハ山
  • 妻ノ奮戰
  • ヲ攻ム

  • 天正十二年四月一日

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  • 四三一

注記 (26)

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