『大日本史料』 11編 21 天正13年10月1日 p.120

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時、二本松殿供の衆にめとめを見合、てり宗公をひし〳〵ととらへたてまつり、ちか, 二本松殿に御用あるとてよひたて、みゝつけに何哉ん申きかせ、供之衆はおもてへま, ろきおいかけ見奉れはくたんのことし、ちかふよりて御覽すれは、二本松殿てり宗公, ひなく御かとをくりにひろ間のけんくわまて出給ふて、しきたいにてたかいに一禮の, かり出る、二本松殿は御座敷へなをり、則御暇こいあつて立給ふ、てり宗公是はふた, 仰らるゝは、我おもわすもかくうんつき、日比のてきにとらるゝこと、ちからなし、, かはとしたる御歸かな、さりとては御殘多よしとめ給へとも、しきりに出給へは、せ, ころ御なさけなき御しかけにて候、二本松まて御供申さんとて、引たてたてまつる、, の御むなもとをとらへさゝへあけ、わき指をつきかけ申、人々ちかくより候はゝ、其, みまいるよし、はや馬にてかり場の山へつけ來る、こはくちおしき次第かなと、おと, まゝ下にひし〳〵とおり、さしころし申さんかくこ也、みな人ちかよりかぬる所に、, 我等をかぼいたてするうちに、二本松領はちかつく、川をあなたへ引こされては、を, しけさねはしめはせよりて、何と〳〵とはかり也、てり宗公御跡をふりかへり御覽し, 埋木と申御小性御腰物もちなから御袖に取つきけれは、埋木共に大せいおつとりくる, 天正十三年十月八日, 天正十三年十月八日, 一二〇

  • 天正十三年十月八日

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  • 一二〇

注記 (17)

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