『大日本史料』 11編 21 天正13年10月1日 p.134

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さるゝのとき、好みを通せられんかために御書をたまひ、そのゝち御鷹師中川市助忠, のる、天正三年從四位下左京大夫に敍任す、其ころ東照宮より御鷹師を陸奧につかは, 鹽松城に據て逆意を企るにより、これを誅せむかため彼地におもむくのところ、二本, 保を下さるゝのときも御書をたまふ、また織田右府よりも書簡を贈りてしたしみをむ, 松右京大夫義繼輝宗に宿意あるをもつて、十月八日その陣所にいたり不慮の事にをよ, すふ、十二年十月致仕し出羽國米澤の館山城に住す、十三年家臣大内備前定綱陸奥國, 天文十三年西山城に生る、弘治元年三月十九日光源院義輝より諱字をたまひ輝宗と名, ひ、つゐに生害す、年四十二、性山受心覺範寺と號す、出羽國置賜郡夏刈村の資福〓, 輝宗, (陸奥伊達郡), 好ス, 任官, 田信長ト修, 徳川家康織, 元服, 誕生, 嫡子政宗, 致仕, 天正十三年十月八日, 一三四

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  • 好ス
  • 任官
  • 田信長ト修
  • 徳川家康織
  • 元服
  • 誕生
  • 嫡子政宗
  • 致仕

  • 天正十三年十月八日

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  • 一三四

注記 (20)

  • 793,720,62,2198さるゝのとき、好みを通せられんかために御書をたまひ、そのゝち御鷹師中川市助忠
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