『大日本史料』 11編 22 天正13年11月21日 p.144

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を濱松にとゝめたまふ、, かに家人天野又左衞門某を使として、近正をかたらふ、近正さらにきゝ入すして、も, 權現を拜し奉る、そのゝち御暇を給はり三州大給に歸るとき、大權現の仰に、父近正, 事を大權現へ注進す、すなはち一生を人質として、遠州濱松の城にをかしむ、, しふたゝひきたらは誅すへしといふ、こゝにをいて數正ことのとゝのはさるをしり、, 數正に與力せさる事を感しおほしめし、又蟹江の城におゐても軍功あり、是により御, いそき岡崎を去て大坂に出奔す、近正御不審かうふらむ事をおそれ、即時に其男一生, 一生石川伯耆守數正逆心のとき、一生人質として遠州濱松の御城にいたり、初めて大, 近正十三年十一月十三日、岡崎の城代石川數正、豐臣家にしたかはむとはかり、ひそ, に家乘か家臣二人をそへて濱松にまいらせ、つふさに注進せしかは、御感ありて一生, 脇指を一生に給はる、, 〔寛政重修諸家譜〕十三松平大給, 近正-, 天正十三年十一月十三日, 一生, 一生, 一四四

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注記 (17)

  • 182,662,55,586を濱松にとゝめたまふ、
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