『大日本史料』 11編 別巻1 p.275

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リヤン、また一人は原・ドン・マルチンなり、ポルトガル人なる耶蘇會の一パードレが、, し、兵士五十人を遣はして彼等を迎へ、カストロよりモンテロソまで同行せしめたり、モ, 彼等に代りて演説を行へり、彼等はインドの衣服を著せり、すなはち、金の刺〓を施した, るパチェンツァ形の衣服の上に、諸鳥の形を表したる、種々の色の絹を纒ひ、腰に大なる, ンテロソには、教皇の輕騎兵二隊、彼等を導くための馬車及び擔架とともに彼等を迎へた, 記せり、彼等の最も驚きたるは、カプラロラの建築なり、ファルネーゼは彼等を鄭重に遇, 劍を帶び、頭に我が國風の羅紗の帽子に白き羽を挾みたるものを戴き、教皇乘用の白馬, に、金の飾を施したるビロードを掛けて跨り、宮殿に進めり、彼等はイタリヤ語及びポル, トガル語を以て、少しく談ずることを得、またその驚歎に値すると思はれし事どもを書き, 甥なり、他の二人は肥前の國の最も上流の日本武士にして、一人の名は中浦・ドン・ジ「, 彼等のうち一人は、病のためにその宿所に留まりたり、日向の王の甥二人、うち一人は伊, 東ドン・マンシヨといひ、一人は千々石・ドン・ミゲルといひ、各有馬の王及び大村の王の, 如く、祝砲放たれ、當市に在勤せる主なる僧官六人の間に三人を挾みて、誘導せしなり、, の足に接吻せしめたるが、これを引見するに當りて、愛憐, り、昨夕密に、我等の君, ○教皇, ヲ指ス, 使節等ノ服, 裝, 天正十年是歳, 二七五

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  • ○教皇
  • ヲ指ス

頭注

  • 使節等ノ服

  • 天正十年是歳

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  • 二七五

注記 (21)

  • 1310,610,60,2259リヤン、また一人は原・ドン・マルチンなり、ポルトガル人なる耶蘇會の一パードレが、
  • 488,610,56,2284し、兵士五十人を遣はして彼等を迎へ、カストロよりモンテロソまで同行せしめたり、モ
  • 1194,602,64,2296彼等に代りて演説を行へり、彼等はインドの衣服を著せり、すなはち、金の刺〓を施した
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  • 957,603,62,2297劍を帶び、頭に我が國風の羅紗の帽子に白き羽を挾みたるものを戴き、教皇乘用の白馬
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