『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.117

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

へ候矢倉門にいたし、少き馬程も有之金たみの犀を五疋、彫物にいたし、外, らも、大手先きの事に候へは人通りも多く候に付、見物人の絶間も無之候, く見物仕りたる儀有之候を以、慥に覺へ居申事に候、玄關より初め、表向の, 由の御成御門の儀は、仙人揃の彫物にて、新敷候を以、猶更光り輝き、場所か, 有之、結構至極成る事共に候、但、尾張殿半藏御門内の御屋敷の儀は、自火を, 家方には、御成り御門と申て、唐破風作に致し、尤總金たみに、種々の彫物抔, 儀は、こと〳〵く金張付の繪の間に有之、表門は、桁行十間あまりとも、相見, 御出し、悉く燒失仕り、竹橋御門内、紀伊殿、水戸殿の御屋敷に有之たる御成, 向より書院抔は、金張付繪の間に非すしては、不叶事の樣に有之、就中御三, 御門の儀は、我等なとも能覺へ居申事に候、松平伊豫守殿へも、御戌可被遊, 向總長屋軒迴りの丸瓦には、金の桔梗の紋所有之候、夜中にも、光り輝て相, 種の彫物なと有之候、總て、其節五萬石計りも、領地あられ候大名方の、玄關, 見へ申如く在之、其外にも、國持衆の屋敷の儀は、大形二階門作りに致し、種, 候間、御三家方の如く、御成御門、支度あられ候樣にとの御内意に付、出來候, 正と申たる人の家作の由に候、我等幼年の頃、子細有て、表向の儀は、殘りな, 宅, 大名ノ邸, 慶長八年三月三日, 一一七

頭注

  • 大名ノ邸

  • 慶長八年三月三日

ノンブル

  • 一一七

注記 (19)

  • 1596,655,69,2203へ候矢倉門にいたし、少き馬程も有之金たみの犀を五疋、彫物にいたし、外
  • 302,637,68,2208らも、大手先きの事に候へは人通りも多く候に付、見物人の絶間も無之候
  • 1830,645,68,2207く見物仕りたる儀有之候を以、慥に覺へ居申事に候、玄關より初め、表向の
  • 418,636,69,2206由の御成御門の儀は、仙人揃の彫物にて、新敷候を以、猶更光り輝き、場所か
  • 885,634,70,2221有之、結構至極成る事共に候、但、尾張殿半藏御門内の御屋敷の儀は、自火を
  • 1007,638,70,2217家方には、御成り御門と申て、唐破風作に致し、尤總金たみに、種々の彫物抔
  • 1711,639,69,2221儀は、こと〳〵く金張付の繪の間に有之、表門は、桁行十間あまりとも、相見
  • 767,630,74,2223御出し、悉く燒失仕り、竹橋御門内、紀伊殿、水戸殿の御屋敷に有之たる御成
  • 1124,638,70,2216向より書院抔は、金張付繪の間に非すしては、不叶事の樣に有之、就中御三
  • 651,632,71,2223御門の儀は、我等なとも能覺へ居申事に候、松平伊豫守殿へも、御戌可被遊
  • 1481,638,71,2219向總長屋軒迴りの丸瓦には、金の桔梗の紋所有之候、夜中にも、光り輝て相
  • 1242,636,68,2221種の彫物なと有之候、總て、其節五萬石計りも、領地あられ候大名方の、玄關
  • 1358,639,67,2221見へ申如く在之、其外にも、國持衆の屋敷の儀は、大形二階門作りに致し、種
  • 536,631,67,2219候間、御三家方の如く、御成御門、支度あられ候樣にとの御内意に付、出來候
  • 1944,650,67,2207正と申たる人の家作の由に候、我等幼年の頃、子細有て、表向の儀は、殘りな
  • 1946,276,41,44
  • 1988,280,43,171大名ノ邸
  • 212,704,44,342慶長八年三月三日
  • 205,2444,38,108一一七

類似アイテム