『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.275

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やり詞に、世中に〓つらひ媚るものを、かぶき者といひ、かぶき〓るなども, へり、是上傾きにて、頭かちなるなれど、うつりてさはいへりと見ゆ, 紀などに見えたれど、りは、うたまひのわざをいへり、今歌舞妓といふ名は、, 伎ともいへるは、著聞集に、承安二年五月二日〓合の條、妓女二人甘洲を舞, なれは、其意をもてさは名付しなるべし、是より出たるにや、にのかみのは, ふ云々、左右歌女唱歌、舞伎なほ興遊にたえず云々、歌舞伎の字面は、日本後, 芝居の地は、始め五條の橋の南に有しを、秀吉公伏見ゟ御參内之御道, いへり、其後容體のみつくろひて、實なきようのことを、うはかぶきともい, 筋に近き故、四條宮川の西畔に引移され、其後また年を經て、今の東畔に移, もとより古き字面によりたるには非す、かぶきとは、傾く義にて、傾國の舞, 思ふに、そのかみは後世の如くに, 新嘗會、但以歌舞伎供九月祭、とあるは、歌舞伎の字の出處なるへし、また舞, されしなり、, 〔嬉遊笑覽〕五下日本後紀、桓武天皇、延暦十八年秋七月己酉停伊勢齋宮, 〔翁草〕〓存採叢書所收歌舞妓淨瑠璃濫陽之事, 翁草, 歌舞妓淨瑠璃濫陽之事, 〓存採叢書所收, 慶長見聞録案紙及ビ下ニ見エタル、うら, ○上, 前掲ノ, みのすけ等ヲ引用セル所ハ、スベテ略ス, ○以下、, 略, ○二, 歌舞妓ノ, 字子義ノ一, うはかぶ, 説, 芝居ノ地, ぎ, 慶長八年四月是月, 二七五

割注

  • 慶長見聞録案紙及ビ下ニ見エタル、うら
  • ○上
  • 前掲ノ
  • みのすけ等ヲ引用セル所ハ、スベテ略ス
  • ○以下、
  • ○二

頭注

  • 歌舞妓ノ
  • 字子義ノ一
  • うはかぶ
  • 芝居ノ地

  • 慶長八年四月是月

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  • 二七五

注記 (33)

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