『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.267

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川原に舞臺をたて、けいせい數多出して、舞をどらせけり、, 時は三味線はなかりき、かくて、三十郎といへる狂けん師を、夫にまうけ、傳, かし、京に歌舞妓のはしまりしは、出雲の神子におくにといへるもの、五條, のひがしの橋づめに、やゝ子をどりといふ事をいたせり、其後、北野の社の, みのをまとひ、鳧鐘を首にかけて、笛つゝみに、拍子を合せてをどりけり、其, 東に、舞臺をこしらへ、念佛をとりに歌をまじへ、ぬり笠に、くれないのこし, 轉神樂而歌舞、是古所謂白拍子之類、而元神樂之變風也、永祿年中、有名護屋, にうかされて、見物するほとに、六條の傾城町より、佐渡島といふもの、四條, 三左衞門者、元武人而落魄生也、在京師則與國女密通、共謀之作歌舞妓之曲, こはいづくぞと尋ねければ、あれこそ、音に聞ゑし四條川原なれ、むかしむ, 介といふものをかたらひて、三條繩手の東のかた、祇園の町のうしろに舞, 出たり、男南のかたをみれば、川中をよこきりて、西東へ小屋かけみゆ、あそ, 臺をたて、さま〳〵に舞をどる、三十郎が狂言、傳介が絲よりとて、京中これ, 〔雍州府志〕八芝居、又、一種有歌舞妓者元出雲大社巫女、有號國女者、一, 東海道名所記〕六樂阿彌かやうに、物かたりつゝ、ほどなく三條の橋に, 狂言, 舞臺, 三十郎ノ, 傳介ノ絲, より, 歌舞妓ノ, 起原, 歌舞妓ノ, 慶長八年四月是月, 二六七

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  • 狂言
  • 舞臺
  • 三十郎ノ
  • 傳介ノ絲
  • より
  • 歌舞妓ノ
  • 起原

  • 慶長八年四月是月

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  • 二六七

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