『大日本史料』 12編 14 慶長十九年五月~同年九月 p.740

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平家とも舞とも謠ともしれぬ島者なり、, 合、いろ〳〵めづらしき操をいたし〓る、ほとなく宮内は死けり、左内もな, と受領せし西乃宮の夷かきをつたらひ、四條川原にして、鎌田の政清か事, 夫段々多く相成、操芝居繁昌に及ひしゆへ、あやつを名代を定められしと、, くれり、今はその子ども打つゞきて操をいたし、めん〳〵受領して、かだら, り、定日五日つゝ興行なし、勝手とき時は日延をして勤しが、其後淨瑠璃太, もん、左門、よし〓ろなどゝて、淨るりをろたりけなを、歌舞妓と一同に、女は, などいふ事をつたり〓る、次に河内左内といふもの出たり、女にもなむゑ, 大阪あやつりの最初は、京都ゟ左内、宮内といふ、淨瑠璃太夫、折々大阪へ下, 京乃次郎兵衞とかやいふ者、後には淡路丞, をかたりて、にんぎやうをあやほり、そのゝちがうの姫、あみだのむ手わり, とゞめられぬ、ちかきにろに江戸より宮内といふもの上りて、左内とせり, 〔南水漫遊拾遺〕一大阪操芝居紀原, はく中に、喜大夫といふもの上總乃〓になりて、太平記をかたる、その曲節、, 歌舞妓狂言今より十ケ年ほと後の事なり、夫より東西の芝居盛なりし頃, 慶長十九年九月二十一日, ○本書ハ萬治頃, 蓋シ慶長頃ヲイへルナラン, 國歌舞妓ノコトヲ述べタレバ, ノ著ニカヽル、, 攝津西宮, 女淨摺璃, 島物, 喜太夫, ノ競技, ノ夷昇, ノ禁止, 宮内左内, 大坂操芝, 居ノ起源, 七四〇

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  • ○本書ハ萬治頃
  • 蓋シ慶長頃ヲイへルナラン
  • 國歌舞妓ノコトヲ述べタレバ
  • ノ著ニカヽル、

頭注

  • 攝津西宮
  • 女淨摺璃
  • 島物
  • 喜太夫
  • ノ競技
  • ノ夷昇
  • ノ禁止
  • 宮内左内
  • 大坂操芝
  • 居ノ起源

ノンブル

  • 七四〇

注記 (31)

  • 752,597,65,1237平家とも舞とも謠ともしれぬ島者なり、
  • 1105,595,55,2221合、いろ〳〵めづらしき操をいたし〓る、ほとなく宮内は死けり、左内もな
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