『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.347

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

給ひ、今に至て相つけり、, り、長はしは、はかまはかりにて、もちてらる、女御の御かたは、あなたへらる, まいらせらるゝ、御しやうそくめさします、しん大すけ殿は、かけおひはか, 親町三條、高倉等、人ヲ遣了、禁中六月御祝ニ、倉部參了、各被參也云々、, 女中おとこたち、わに御いりあり、御さか月二こんらる、女御の御かた、御し, 寄附せらる、隆景の證文有、長政公入國之後、先例に任せ、寺領二十石寄附し, やうはんにてらる、二こんめにおとこたちしこうあり、うりかわらけの物, 六月廿九日、かせふく、いつものことく、せいりやう, 改て宗勝寺と號す、宗勝夫婦の墓所、寺の上成山に有、隆景の時、寺領二十石, 二ツいつる、なかはし、すもししん上申、女御の御かたよりふりらる、, 有之、今夜禁中六月御祓ニ可參之由也、相番二モ可相觸之由有之、則、五辻、正, てんあさかれいのまの、御さの上にて、御わにいらせらるゝ、新大すけ殿入, 〔御湯殿上日記〕, 文祿元年九月廿三日、宗勝歿せしかは、終に此眞福寺に葬る、是よりして, 二十九日、, 六月廿九日甲寅、晴陰、天晴、廣橋亞相、勸修寺宰相等ヨリ使, 六月祓、例ノ如シ、, 言經卿記〕, 卿記〕〓六月廿九日甲寅晴陰、天晴、廣橋亞相、勸修寺宰相等ヨリ伸, 六十, 甲, 廿, 寅, 次第, 六月祓ノ, 慶長八年六月二十九日, 三四七, 略

割注

  • 六十
  • 廿

頭注

  • 次第
  • 六月祓ノ

  • 慶長八年六月二十九日

ノンブル

  • 三四七

注記 (28)

  • 1601,657,55,719給ひ、今に至て相つけり、
  • 1005,659,59,2231り、長はしは、はかまはかりにて、もちてらる、女御の御かたは、あなたへらる
  • 1124,658,58,2219まいらせらるゝ、御しやうそくめさします、しん大すけ殿は、かけおひはか
  • 294,651,62,2098親町三條、高倉等、人ヲ遣了、禁中六月御祝ニ、倉部參了、各被參也云々、
  • 879,655,62,2220女中おとこたち、わに御いりあり、御さか月二こんらる、女御の御かた、御し
  • 1714,655,60,2223寄附せらる、隆景の證文有、長政公入國之後、先例に任せ、寺領二十石寄附し
  • 762,663,61,2218やうはんにてらる、二こんめにおとこたちしこうあり、うりかわらけの物
  • 1359,1379,57,1507六月廿九日、かせふく、いつものことく、せいりやう
  • 1831,661,60,2220改て宗勝寺と號す、宗勝夫婦の墓所、寺の上成山に有、隆景の時、寺領二十石
  • 649,658,58,2015二ツいつる、なかはし、すもししん上申、女御の御かたよりふりらる、
  • 411,651,61,2221有之、今夜禁中六月御祓ニ可參之由也、相番二モ可相觸之由有之、則、五辻、正
  • 1240,667,59,2212てんあさかれいのまの、御さの上にて、御わにいらせらるゝ、新大すけ殿入
  • 1340,622,97,488〔御湯殿上日記〕
  • 1949,726,63,2151文祿元年九月廿三日、宗勝歿せしかは、終に此眞福寺に葬る、是よりして
  • 1478,577,70,301二十九日、
  • 531,1148,58,1727六月廿九日甲寅、晴陰、天晴、廣橋亞相、勸修寺宰相等ヨリ使
  • 1475,971,77,545六月祓、例ノ如シ、
  • 508,623,107,349言經卿記〕
  • 511,813,102,2052卿記〕〓六月廿九日甲寅晴陰、天晴、廣橋亞相、勸修寺宰相等ヨリ伸
  • 1389,1174,41,107六十
  • 1515,896,38,43
  • 559,1016,47,41廿
  • 1472,903,39,40
  • 1117,287,42,83次第
  • 1161,290,41,164六月祓ノ
  • 194,724,44,428慶長八年六月二十九日
  • 193,2461,39,121三四七
  • 1974,656,50,49

類似アイテム