『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.629

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

二十六日、かの地において死す、年五十二、法名玄法、, めされ、軍勢等もし京師に亂入し、狼藉のことあらんもはかりかたし、汝, きこへありしかは、鈞命をうけたまはりて、先驅の諸將へ御使を勤め、又, 九月朔日、逆徒御征伐として江戸城を御首途あり、神奈川驛に御止宿の, ふ、これよりさき、伏見において、台徳院殿より鶴首の茶入を拜賜す、その, つきて彼地に至る、十五日、關原御合戰のときしたかひたてまつり、十七, のち、成之か伏見の宅地に渡御あるのとき、點茶をたてまつる、八年十月, 日近江國永原において、近藤登助季用、伊奈圖書昭綱とおなしく御前に, いて、五百石を加へられ、この日牧野清兵衞正成と連名の御黒印をたま, 御旨をうけて岐阜城にいたり、中納言秀信に御内慮のおもむきをつク、, 等さきたちて上方に赴き、日の岡に關を設けて、往來をあらたむへしと, 仰をかうふり、すなはちかの地にいたる、七年十月二日、近江國長濱にお, とき、先鋒の諸將に御書をたまふにより、御使をうけたまはり、夜を日に, たまふにより、したかひたてまつる、このときにあたり、石田三成反逆の, にはせかへりて言上す、五年景勝御征伐として、下野國小山にいたらせ, 慶長八年十月二十六日, ○譜牒餘, 録同ジ、, 日の岡ノ, 鶴首ノ茶, 關, 入, 慶長八年十月二十六日, 六二九

割注

  • ○譜牒餘
  • 録同ジ、

頭注

  • 日の岡ノ
  • 鶴首ノ茶

  • 慶長八年十月二十六日

ノンブル

  • 六二九

注記 (24)

  • 294,695,63,1504二十六日、かの地において死す、年五十二、法名玄法、
  • 993,707,70,2141めされ、軍勢等もし京師に亂入し、狼藉のことあらんもはかりかたし、汝
  • 1697,704,70,2144きこへありしかは、鈞命をうけたまはりて、先驅の諸將へ御使を勤め、又
  • 1464,704,70,2136九月朔日、逆徒御征伐として江戸城を御首途あり、神奈川驛に御止宿の
  • 527,705,66,2124ふ、これよりさき、伏見において、台徳院殿より鶴首の茶入を拜賜す、その
  • 1230,710,67,2138つきて彼地に至る、十五日、關原御合戰のときしたかひたてまつり、十七
  • 409,704,66,2133のち、成之か伏見の宅地に渡御あるのとき、點茶をたてまつる、八年十月
  • 1113,700,67,2144日近江國永原において、近藤登助季用、伊奈圖書昭綱とおなしく御前に
  • 644,708,66,2132いて、五百石を加へられ、この日牧野清兵衞正成と連名の御黒印をたま
  • 1585,703,67,2161御旨をうけて岐阜城にいたり、中納言秀信に御内慮のおもむきをつク、
  • 880,695,67,2140等さきたちて上方に赴き、日の岡に關を設けて、往來をあらたむへしと
  • 759,698,69,2137仰をかうふり、すなはちかの地にいたる、七年十月二日、近江國長濱にお
  • 1352,704,65,2138とき、先鋒の諸將に御書をたまふにより、御使をうけたまはり、夜を日に
  • 1813,717,71,2122たまふにより、したかひたてまつる、このときにあたり、石田三成反逆の
  • 1935,713,67,2125にはせかへりて言上す、五年景勝御征伐として、下野國小山にいたらせ
  • 194,693,45,425慶長八年十月二十六日
  • 325,2211,42,260○譜牒餘
  • 280,2210,43,197録同ジ、
  • 921,258,38,163日の岡ノ
  • 566,251,43,173鶴首ノ茶
  • 878,252,40,40
  • 525,253,39,38
  • 194,693,45,426慶長八年十月二十六日
  • 190,2426,43,124六二九

類似アイテム