『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.674

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南は、千六百〇三年十二月八日, し、還りて後、其部下の一人、イチカ〓ヂフョート, ケンダの心を翻さしめんとせしも能はず、タケンダの母ジヨアンナも、亦, に刑せられたり、カクザエモ, エモンが、タケンダと親交あるを以て、タケンダをして、耻を公衆の前に曝, の爲に死せんことを希へり、カクザエモン乃ち熊本に赴きて、顛末を復命, 然り、是に於て、カクザエモンは、旅費をタケンダに與へて、〓走せしめんと, ンは、其舊友タケンダの處刑の爲に、同日の夕、八代に向つて發足し、百方タ, 奴隸とすべきを以てすれども、亦少しも怖れず、タケンダの妻イ子もまた, り、然るにタケンダは之を拒み、此の如くして生きんよりは、寧ろ神の名譽, し、且つ之に約するに、其母と妻とを、安全に他に移住せしむべきを以てせ, 其子と共に死せんことを希へり、カクザエモン、乃ちジヨアンナを威すに, さざらしめんが爲めなり、, ンダを、其家に於て捕縛すべきを以てせり、タケンダ、イチカヴを見て、喜色, 山に溢れ、召喚状を讀み終へて、其使に謝し、入りて其母と妻との眠れるを, に命ずるに、タケ, ○市河治, 兵衞カ, 後ナラザルベカラズ、本文恐クハ誤アラン, アルヲ見レバ、南ノ處刑ハ、陽暦十二月九日以, リ、然レドモ、上文、死刑發令ノ日附ニ七日ト, ○十二月八日ハ、陰暦ノ十一月六日二當レ, 固ナルコ, 仰心ノ堅, 教徒ノ信, 慶長八年十一月七日, 六七四

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  • ○市河治
  • 兵衞カ
  • 後ナラザルベカラズ、本文恐クハ誤アラン
  • アルヲ見レバ、南ノ處刑ハ、陽暦十二月九日以
  • リ、然レドモ、上文、死刑發令ノ日附ニ七日ト
  • ○十二月八日ハ、陰暦ノ十一月六日二當レ

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  • 固ナルコ
  • 仰心ノ堅
  • 教徒ノ信

  • 慶長八年十一月七日

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  • 六七四

注記 (27)

  • 1552,636,57,925南は、千六百〇三年十二月八日
  • 373,652,58,1400し、還りて後、其部下の一人、イチカ〓ヂフョート
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