『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.702

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の大勢悉く亂入けれは、安藤も討死し、大將主馬助も防くに術なく、一間に, 只事の次第を言上に及ふ由を語るに、内膳所行悪しと云へ共かく迄の大, は即て、横田か屋敷に火を懸けり、吉晴、主馬之助自殺の上は、殘黨は助く可, 入て自殺す、介錯は櫻間甚助なり、然るに其首を獻して一忠に降參す、寄手, しと云はれけれは、一忠暫く肯はれさりしかとも、終に其意に從はれけり、, し給ふにやと問へは、備後、女の聞く可き事に非すと云ふ、強て問ひけるに, らる、使者は河毛備後なり、發途の時、其妻備後に向て、江戸にていかゝ言上, 事に及ほす事、江戸の思召いかゝあるへきや、且内膳は、江戸の命有て君の, 知して、總責にこそせられけれ、安藤怺へ兼て奧をさして引退く、表門裏門, 因て他國に落行く者もあり、又止て一忠に仕へし者もあり、一忠も、吉晴及, 斯て村詮誅罰の謀主なれは, 後見なり、又君未た若年に坐ます事なれは、言上の趣用意有るへきにて候, ひ此度功有りし人々に、厚く挨拶せられけれは、吉晴は出雲に歸らる, とて、安井清十郎に執政を命せられ、今度の次第逐一に記して、江戸に達せ, 六内膳天下の制禁たる蒼鷹を詞へり、他の罪に優り候へしと云ひけれは、, 吉晴, 事平らくを以て、道より歸られしと云へり, 出雲守忠氏、松江にて變を聞き出陣有りし, の息, 執政トス, 河毛備後, 清十郎ヲ, ヲ使トシ, 忠一安井, 幕府ニ上, 申ス, 慶長八年十一月十四日, 七〇二

割注

  • 吉晴
  • 事平らくを以て、道より歸られしと云へり
  • 出雲守忠氏、松江にて變を聞き出陣有りし
  • の息

頭注

  • 執政トス
  • 河毛備後
  • 清十郎ヲ
  • ヲ使トシ
  • 忠一安井
  • 幕府ニ上
  • 申ス

  • 慶長八年十一月十四日

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  • 七〇二

注記 (28)

  • 1662,665,76,2198の大勢悉く亂入けれは、安藤も討死し、大將主馬助も防くに術なく、一間に
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