『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.756

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す、碁盤のうへに立て吉方, なり、大臣はいせんは、男女をいはす昵近の人務、盃は毎度大臣給ひて、はい, ん手なかの人同前、六本立いかものをてつして後、更に三獻あり、大臣相伴, 前官にても、しこうにてそかる、皇子は半尻前張を著す、皇女はあこめを著, くし、かうかい、かうはさみ等の物をすゑて、昵近の人もて參る、そきはてゝ, うへにおきて、兩足にふましむ、大臣髮のすゑをそかる、柳筥に、ゆするつき, せんの人なとに傳らる、是は時宜によるへき事なり、ありつき已前は、皇子, 後、碁盤のうへより吉方へくたる、親〓の人扶持す、大臣退て候せらる、皇子, 呈女ともに、人のさかつきは參らす、されは大臣といへとも、盃をとりかは, はあつたゝみに座す、皇子のまへに、いか物六本たてをすう、はいせ, 〔後水尾院當時年中行事〕五歳の暮ふかそきあり、大臣のうち、當官にても、, にむかふ、糺の宮の石二ツを取て、こはんの, 〔參考〕, 〓母中和門院准三后藤前子、慶長四年五月二日生、同十年八月廿八日元服、, 〔執次詰所記〕藤原信毒、爲近衞三藐院關白准三后信尹公養子、, 髮鋏, 天皇第四, ○後陽成, 生氣, の方, 皇女も, 同し、, 子, 歳、, 七, 皇, 同, ふかそき, ノ次第, 慶長八年十二月十二日, 七五六

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  • 天皇第四
  • ○後陽成
  • 生氣
  • の方
  • 皇女も
  • 同し、
  • 歳、

頭注

  • ふかそき
  • ノ次第

  • 慶長八年十二月十二日

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  • 七五六

注記 (31)

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