『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.934

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判物をたまふ, 印ヲ賜フ, かりにて、領知の事はなし、是も我國の外なる故、領地案堵の事に及はれさ, 舶のをきてをも、書くはへて與へられしに、慶長九年、東照宮より御黒印を, なさるゝに及ひては、諸國の商舶の事と、えそに非義を申かくる輩の事は, きものにて、我國の大名に比例しかたき故と見へたり、松前か先祖、天正の, は其家資は萬石に當れとも、領知の賦税なく、二には島夷の酋長といふへ, 賜フテ、以テ路費ニ充タシム、九年甲辰正月十四日、本多佐渡守正信教命ヲ, 傳ヘ、悉ク封内ノ金山ヲ賜フ、廿七日、再ビ正信ヲ以テ、墨章ノ制書、公遞ノ信, 末に、豐臣家に歸款せし時、太閤、松前并に蝦夷を領知すへき朱印に、諸國商, 見ゆるを、後に及ひて、交替寄合の格に定られしも、子細有へき事にて、一に, る歟、これかれを通し考るに、松前といふものは、全く島主の類にて、えそは, 松前か家、慶長の頃は萬石の籍に列せしと, 〔參考〕, 〔誠齋雜記), 〔松前家譜〕乾慶廣、慶長八年癸卯冬、慶廣東上、十一月十八日、俸百口ヲ, ○鷹ノ事ニ係レル朱印ハ、八月, ○慶廣二、金山ヲ賜ヒシ事、令條、古文書集、及ビ寛, 永諸家系圖傳、寛政重修諸家譜等二所見ナシ, 十六日ノ條ニアリ、參看スベシ, 癸卯十四松, 前氏開國略, 家格, 松前氏ノ, 慶長九年正月二十七日, 九三四

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  • ○鷹ノ事ニ係レル朱印ハ、八月
  • ○慶廣二、金山ヲ賜ヒシ事、令條、古文書集、及ビ寛
  • 永諸家系圖傳、寛政重修諸家譜等二所見ナシ
  • 十六日ノ條ニアリ、參看スベシ
  • 癸卯十四松
  • 前氏開國略

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  • 家格
  • 松前氏ノ

  • 慶長九年正月二十七日

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  • 九三四

注記 (26)

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