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高虎、越前, ○以下藤堂高虎ノコトニ係ル、, 僉儀あらは高虎一人に罪を歸すへしといふ、こヽにおひて四使すれはち, 輔きたりていはく、住吉を前にして、兵をにれふへしとれり、高虎か曰、此地, せんとすむ時、御目付眞田隱岐守、横田甚右衞門、鈴木久右衞門、山城宮内少, 池あり、西に峯あり、うしろに松原あれは、敵兵さためて、味方の兵の多少を, はかりかたからんか、前一方の敵をは、たやすくこれを制すへし、他日もし, これにしたかひぬ、高虎なのて住吉をうしろにあて、安部路濱路に陣をは, まことによろし、これを察するに三の利あり、其ゆへいかんとなれは、東に, たりは和泉堺、右は住吉なり、その翌朝高虎陣をうつして、住吉をうしろに, 同三日、同所御逗留被成候, 大和兩國のにはものと、旗を小山にすゝめて一宿し、翌日野に陣をとる、ひ, 〔孝亮宿禰日次記〕四十一月二日庚戌、晴、藤堂和泉陣取富田, 一日曉、自大坂城夜打入百五六十人打取、松藏豐後、彼夜打四人首打取、進將, 軍大御所之由所風聞也, 翌日、, 云々、, 〔寛永諸家系圖傳〕〓藤堂高虎, 藤堂高虎, 慶長十九年十一月五日, 佐渡守、後和, ○十月二十, 家譜竝二異事ナシ、, ○大坂ノ兵夜襲ノ, 泉守ト號す、, コト、他書所見ナシ, 八日ナリ、, 内郡, ○前田創業記、前田〓, ○中河, 藤堂高虎, 慶長十九年十一月五日, 八〇七
割注
- 佐渡守、後和
- ○十月二十
- 家譜竝二異事ナシ、
- ○大坂ノ兵夜襲ノ
- 泉守ト號す、
- コト、他書所見ナシ
- 八日ナリ、
- 内郡
- ○前田創業記、前田〓
- ○中河
頭注
- 藤堂高虎
柱
- 慶長十九年十一月五日
ノンブル
- 八〇七
注記 (33)
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