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て卒す、, かほと、朝鮮をうち、大明とたゝかひ、兩國に仇むすひし事こそ、我一生の, 印か丹後國をせむへしとて、丹波但馬の軍勢を向けらる、大和守吉政、其催, し給はん際にのそみて、彼二人を御枕近く召れて、いかに汝等承れ、我家, 促に從ひ、丹後國に向ふ、關ケ原の軍終りて後遠江守秀家か、はしめより御, て、石田三成か計らひにて、秀頼の仰と稱して、徳川殿の御方人、細川三位法, の天下は、我一日も世にあらんほと計りそ、我うせなん後は、亡ん事遠き, 方に候ひしによつて、父と兄との事、何のつゝかなく本領安堵す、播磨守秀, 不覺なれ、我なくなりなん後、彼國に向ひし十餘萬の軍勢、生て歸らん事, 本朝のわさはい、また立所に有ぬへし、彼をおもひ是をはかるに、此七年, 初め太閤、小出播磨守秀政、片桐市正且元を以て、秀頼の御傅になさる、薨, 思ひもよらす、夫も又希有にして、まぬかれて歸り來る事もこそ有へけ, 政、老病にたへすして終に世にましはらす、慶長九年に至て、六十六歳にし, にあらす、かく世にあらんほと、我家亡ひさらん事をはからんとするに、, れとも、あやしの鳥獸も仇をわすれぬは、生けるものゝ習ひなり、まして, 慶長九年三月二十二日, 秀吉秀政, 及ビ片桐, 言ス, 且元ニ遺, 征韓役ニ, 吉政ハ三, 對スル秀, 成ニ屬ス, 吉ノ感〓, 慶長九年三月二十二日, 一二六
頭注
- 秀吉秀政
- 及ビ片桐
- 言ス
- 且元ニ遺
- 征韓役ニ
- 吉政ハ三
- 對スル秀
- 成ニ屬ス
- 吉ノ感〓
柱
- 慶長九年三月二十二日
ノンブル
- 一二六
注記 (27)
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