『大日本史料』 12編 2 慶長九年三月~同十年二月 p.127

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

したてんなとはつりて、彼家と天下あらそはんとせんには、我家自ら亡, 今川義元か由縁を思ふて、氏眞を駿河國にかへし入ん事をはかり、故右, ひんこと、踵を〓すへからす、抑も本朝人皇のはしめより、今百皇の御末, に至り給ふまて、異賊の襲來、凡二十餘ケ度に及ひぬれとも、終に一度も、, たぬ輩か、なましひに、秀吉か私の恩わすれかねて幼なき秀頼を主にな, 府こそ、此事には堪へぬへけれ、此人もし本朝の大勳を致されんには、神, へき事ならすや、よしや本朝の爲に、秀吉か家をかへり見す、我後の天下, 萬乘の寶祚をあやうくし、下は四海の生靈を亡されんこと、最口惜かる, の事、内府の計らはん樣に任すへしと思ひ定たり、されとも此人、むかし, 後誰有つてか、本朝のうこきなつらんやうをはかるへき、たゝ徳川の内, 其威をおそれて、天下おのつから彼家風に歸しなまし、物の心をもわか, 明も其徳を感し、聖主も其功を褒め玉ひ、士民こと〳く、く其惠になつき、, の世祖の、本朝うたんとせし事、遠き鑒にあらすや、其時に至りて、秀吉か, 彼か爲に傾き破られしことなしとこそ聞け、今秀吉か時に至りて、上は, や大國の君臣をや、なと此年月の仇報はんと思はさらん、さなきたに、〓, 慶長九年三月二十二日, メテ家康, ノ歡心ヲ, 秀吉秀政, 且元ヲ戒, 失フコト, ノ義心二, 信頼ス, ナカラシ, 秀吉家康, 秀吉外寇, ヲ慮ル, 慶長九年三月二十二日, 一二七

頭注

  • メテ家康
  • ノ歡心ヲ
  • 秀吉秀政
  • 且元ヲ戒
  • 失フコト
  • ノ義心二
  • 信頼ス
  • ナカラシ
  • 秀吉家康
  • 秀吉外寇
  • ヲ慮ル

  • 慶長九年三月二十二日

ノンブル

  • 一二七

注記 (29)

  • 1114,726,62,2140したてんなとはつりて、彼家と天下あらそはんとせんには、我家自ら亡
  • 293,721,66,2138今川義元か由縁を思ふて、氏眞を駿河國にかへし入ん事をはかり、故右
  • 997,729,64,2136ひんこと、踵を〓すへからす、抑も本朝人皇のはしめより、今百皇の御末
  • 880,727,63,2149に至り給ふまて、異賊の襲來、凡二十餘ケ度に及ひぬれとも、終に一度も、
  • 1232,732,61,2132たぬ輩か、なましひに、秀吉か私の恩わすれかねて幼なき秀頼を主にな
  • 1582,725,61,2144府こそ、此事には堪へぬへけれ、此人もし本朝の大勳を致されんには、神
  • 527,737,66,2125へき事ならすや、よしや本朝の爲に、秀吉か家をかへり見す、我後の天下
  • 642,724,66,2136萬乘の寶祚をあやうくし、下は四海の生靈を亡されんこと、最口惜かる
  • 408,730,68,2125の事、内府の計らはん樣に任すへしと思ひ定たり、されとも此人、むかし
  • 1699,725,61,2142後誰有つてか、本朝のうこきなつらんやうをはかるへき、たゝ徳川の内
  • 1347,722,62,2137其威をおそれて、天下おのつから彼家風に歸しなまし、物の心をもわか
  • 1464,725,62,2154明も其徳を感し、聖主も其功を褒め玉ひ、士民こと〳く、く其惠になつき、
  • 1818,733,60,2128の世祖の、本朝うたんとせし事、遠き鑒にあらすや、其時に至りて、秀吉か
  • 761,727,64,2127彼か爲に傾き破られしことなしとこそ聞け、今秀吉か時に至りて、上は
  • 1934,740,60,2123や大國の君臣をや、なと此年月の仇報はんと思はさらん、さなきたに、〓
  • 188,722,45,428慶長九年三月二十二日
  • 1651,296,42,165メテ家康
  • 1609,300,41,155ノ歡心ヲ
  • 1739,287,42,173秀吉秀政
  • 1697,287,42,173且元ヲ戒
  • 1567,289,36,165失フコト
  • 408,289,40,159ノ義心二
  • 363,283,42,122信頼ス
  • 1526,294,32,157ナカラシ
  • 451,286,42,172秀吉家康
  • 1020,286,43,172秀吉外寇
  • 977,293,40,110ヲ慮ル
  • 188,721,45,428慶長九年三月二十二日
  • 197,2466,44,111一二七

類似アイテム