『大日本史料』 12編 2 慶長九年三月~同十年二月 p.143

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まわる、戌瀬隼人上戸なれは、細々の事なり、三島へ著御、箱根御通りの時者, へ、是まて遠々迎に御出と、御禮被仰候て、伏見へ被戌御通候、さても〳〵か, 法き事と、諸大名おとろかれ候由、御供之衆も、伏見ちかく候故、人々下々を, は、數騎つれたち、道惡敷所に而は左なし、遠州袋井、懸川の間道のよき所に, へは、達御耳、御乘物を御とめ、上の雨具を取、乘物の戸あけさせられ、諸大名, ては、御乘物の跡十騎計過ては、扇拍子にて小歌をうたい、歌の拍子いかヽ, 騎も七八十騎もあり、馬にくつをうち候時者、御跡へさかり、御泊に著御之, み、又は小竹筒の口より直にものみ、其内上戸を尋候て、先か跡かしれ不申, 二十騎、十騎つれたち、馬上にておもひ〳〵の咄して通る、道のよき所にて, 候へは、かた手綱にて馬をはや道にのり、かた手に小竹筒を持、先へ參候へ, 時は、馬上七八騎も五六騎もあり、御跡には、御供之馬上五十騎、三十騎、又は, なとゝ咄し笑行候、さゝへに酒あれは取出し、盃きなし、馬のひさくにての, は先へとをし候、總而江戸江被成御下候時、御殿出御之時者、御跡へ馬上百, は尋あわす、跡ろとて半分はしり程にのり、酒をのませ候はんとてたつね, と申により、諸人かけはしり、おいわけを伏見へさかる町にて、おいつき候, 家康江戸, 下向道中, ノ状熊, 慶長九年三月二十九日, 一四三

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  • 家康江戸
  • 下向道中
  • ノ状熊

  • 慶長九年三月二十九日

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  • 一四三

注記 (20)

  • 299,655,60,2221まわる、戌瀬隼人上戸なれは、細々の事なり、三島へ著御、箱根御通りの時者
  • 1707,670,61,2200へ、是まて遠々迎に御出と、御禮被仰候て、伏見へ被戌御通候、さても〳〵か
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