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き事鴻毛の〓しといへり、顯定は一旦の命をすくはれし所也、扇谷は重代厚恩の主君な, は、山内殿に對し奉りて、一箇の恨を存する事なし、太田入道か所行の惡さに、かくは, 關東の諸勢おほく屬して雲霞の〓し、定正此よし聞給ひ、軍兵七百よ騎にて、子息五郎, おもひ立て候、道灌すてに誅せられて候上は、又何をか怨を遺し候はん、但今此亂逆に, 義をは、上意にまかせ奉るよし申けれは、政氏公すなはち定正に仰入られ、勘氣をゆる, て、五百よ騎にて御出馬あり、日來長尾四郎右衞門尉景春入道伊玄は、公方政氏公へめ, といふものもあり、又理を辨まへたるともからは、いや〳〵武士の一命は、義に依て輕, され、扇か谷にそ歸りける、此度菅谷原に打出しかは、山内方にはすてに殺さるへき景, 春か、民部太輔殿に命をたすけをかれ、恩をわすれて定正に歸參せしこそあさましけれ, か谷の家臣なり、目の前に主君を亡ほして、某何の思出か候へき、いかやうにも歸參の, 朝良と諸友に、軍を備て馳向はる、古河の御所公方政氏は、修理太輔定正に御心を合せ, 及ひ、兩上杉牛角の合戰、つゐには一方亡ひすといふ事候まし、入道は譜代として、扇, されて、さま〳〵仰せふくめられ、つよく〓を加へ給ふ、景〓入道理に屈して申入ける, 同六月十八日顯定・憲房父子、二千餘騎を率して、相州の菅谷原に出張せられしかは、, 騎ヲ率ユ, 定正ニ加勢, リ定正ニ歸, 政氏五百餘, 騎ヲ率ヰテ, 氏ノ諭ニ依, 正ハ七百餘, 長尾景春政, 顯定父子ハ, 參ス, 一千餘騎定, ス, 長享二年六月十八日, 二二七
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- 騎ヲ率ユ
- 定正ニ加勢
- リ定正ニ歸
- 政氏五百餘
- 騎ヲ率ヰテ
- 氏ノ諭ニ依
- 正ハ七百餘
- 長尾景春政
- 顯定父子ハ
- 參ス
- 一千餘騎定
- ス
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- 長享二年六月十八日
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- 二二七
注記 (28)
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