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はしきりに睥あかれは、鎧を越て下立、今はのかるへからすと思ひ定め、八騎の郎等を, 其馬に打乘、師子・象のことく忿撃し、あたる所を幸に打落し切たをしけれは、岩松か, ゝり、をしなかされて死するもあり、敵の一人をも打とらす、矢の一筋をも射ちかへす、, 勢五騎うたれ、中村か兵十三騎うたれたり、舞木宮内丞はるかに見て、手勢百よ騎にて, て行、中村か郎從舟木與次かはなつ矢に、岩松かのりたる馬の太腹を箆深に射させ、馬, むる處に、中村彌五郎時員郎等廿五騎にて追てかゝり、そこを渡さんとし給ふは岩松治, 部太輔殿とみるは僻目歟、まさなくも敵にうしろをみせ給ふものかなと、ことはをかけ, し時をつくりて追てかゝる、岩松は主從八騎、はるかの川上を渡さんと淺瀬を尋ねもと, る事は難し、命を惜みて落行にはあらす、時の運を待へきか爲なりとて、猶しつかに落, られ、岩松から〳〵と打わらひ、一軍の大將たる者の軍に利なくして死するは易く、生, しらふ、八騎と廿五騎と打あひ切結ふ、鐔本より火を出し、鋒より血をなかしてたゝか, ふ、其間に岩松は、中村か家の子由井藤十郎か打て懸るを、弱腰かけて車切に斬て落し、, 左右に立て、三尺九寸の太刀をぬき、眞甲にかさして飛てかゝる、中村小長刀にてあひ, 犬死する者數をしらす、舞木勝に乘て、かゝれや〳〵と下知しけれは、八百余騎備を亂, 應永二十四年閏五月十三日, 一九九
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- 應永二十四年閏五月十三日
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- 一九九
注記 (16)
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- 1517,644,58,2248むる處に、中村彌五郎時員郎等廿五騎にて追てかゝり、そこを渡さんとし給ふは岩松治
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