『大日本史料』 12編 2 慶長九年三月~同十年二月 p.175

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者に切せ給り候へ、切て見度と所望申候由、多吉は毎度覺ある者故、如何に, 節名古屋か助太刀に、吉原勝兵衞被仰付候處、無手際首尾故、押入村へ引込、, 長沼多吉兩人に被仰付候、傳三郎宅へ參り候節、林六内申候は、初太刀を拙, 日、右院莊地割場にて、宇右衞門か後ゟ仕かけ、名古屋聲を懸候て切付ける, を、井戸答に、御異見忝候へとも、今度不參は未練に罷成候、縱成敗に逢申と, けるは、其元作州へ被參候事は無用也、多分貴殿は、成敗に逢可被申と被申, 自分閉門いたし、名を如犬と改申候由、井戸か舍弟傳三郎仕手には、林六内, 居申邊を、名古屋馬にて乘、御免と挨拶して馳通り、馬は蹴立る泥水を、井戸, も可參とて、作州へ罷越候由、名古屋九右衞門は、井戸宇右衞門義遺恨御座, 候間、私に可被下候由、忠政樣へ申請に依而、九右衞門に仕手被仰付、五月三, 度也、其節妻木長門守殿は、忠政樣へ御出入なりけるか、井戸に御異見あり, に蹴かけ申候、又重ては、井戸も右之通いたし、名古屋に泥を蹴懸、すれ合度, し申候につき、大力剛強の井戸故、侍數輩被仰付、大勢にて樣々討留申候、其, に、刀そへり候所を、井戸は小忰めかと云て、抜打に、只一刀に名古屋を切殺, 此刀は菖蒲刀かと惡口して、抛捨置候けるよし、或は雨之節路惡敷砌、井戸, 刃傷, 名古屋ト, 井戸トノ, 井戸兄弟, ノ誅戮, 慶長九年是春, 一七五

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  • 刃傷
  • 名古屋ト
  • 井戸トノ
  • 井戸兄弟
  • ノ誅戮

  • 慶長九年是春

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  • 一七五

注記 (22)

  • 265,649,75,2211者に切せ給り候へ、切て見度と所望申候由、多吉は毎度覺ある者故、如何に
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