『大日本史料』 12編 2 慶長九年三月~同十年二月 p.180

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參るへしと下知有けれは、家中に名を得し林長兵衞, ちか〳〵と進み寄、御意成そと抜打に切付しに、山三郎運や盡にけん、刀の, 〔森家先代實録〕六名護屋山三郎, 平にて切しゆへ、少し疵は付しかとも、伊右衞門事すもせす、山三郎を取て, も義士たらましかは、一命は全たからんものをと、人々いひあへり、, は、其頃普請奉行にて、社破損に付弍社に參り居たりしに、石に腰をかけ居, たり、山三郎行向ひけれは、足下は、何用有て爰へ來りしそといふに、山三郎, 衞門ことき功の者を、其方小うてにて討取事難かるへし、加勢を遣はすへ, しとて、銘の刀を給り、山三郎有難しとおし戴き、直樣驅出しけり、伊右衞門, 取〓懸りしかとも、多勢に無勢、殊には名たゝる勇士なれは、何かはたまる, 川内八介、此三士飛かことく驅出し、伊右衞門是を見ると等しく、鑓をおつ, 押伏せ、小うてにて事々しやと、膝の下におし敷て、終に〓殺けり、扨又山三, へし、終に討れしと也、名古屋、宇土野、何れを是とし、何れを非とせん、兩士と, 郎はと申されしかは、最早參りしといふ、さて〳〵不便成事也、早く討手に, 八庚寅年八月、奧州南部信濃守信直家臣、九戸修理大夫實政一揆を發し申, 蒲生飛騨守氏郷へ出、天正十, 吉村亦右衞門、, 元龜三壬, 中年生、, 福島家, 老也、, 名古屋ト, 宇土野ト, ノ刀傷, 慶長九年是春, 一八〇

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  • 元龜三壬
  • 中年生、
  • 福島家
  • 老也、

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  • 名古屋ト
  • 宇土野ト
  • ノ刀傷

  • 慶長九年是春

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  • 一八〇

注記 (26)

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