『大日本史料』 12編 3 慶長十年三月~同十一年三月 p.266

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に、此程造營の事ありて、人多くあつまり事さわかしく、且は此後中宿りに, れは、この事をも語り申へし、又久しく音つれ申さねは、まいり來りたりと, 建仁寺の下には成り侍りぬ、その比人の申せしは、鞍馬奧院の僧、朝とく所, とて、伴ふて物くおて後、扨何事にて侍るとあれは、よへ天狗多く集りて、獨, なるへうも見へす、いかなる謀ありてか、此造營の事止てんやといへは、か, 司代板倉伊賀守の家へ來りぬ、伊賀守請して、御僧は朝よりとく御出有り, ひしに、まち給へ、道の程も遠し、齋をきこしめして後にこそ承り侍へたれ, いひもはてすに、高臺寺ゟ早使ありて、今のほとに奉行せし人、住持をころ, きといふ、滿座尤〳〵とて失ぬ、かゝる事侍れは、かならす其騒も有事に侍, くるりせて候や、住僧めを殺してのくるほとならは、其事はさてやみぬへ, りの曰、あの雲居寺のあとの森き、我〳〵か鞍馬より醍醐へ通る中道なる, と問れしに、今夜不思の事侍りて、はやく申侍らんと存し參り侍るとい, 其造作の半に、奉行せしもの狂氣して、刀を以主僧を切殺しぬ、其後住の僧, たわらなるかすゝみ出ていふ、其事こそいとやすけれ、奉行する男を物に, も狂氣して自殺しぬ、しかれは、此寺に曹洞宗の僧は不吉也とて、これより, 高臺寺造, 營ニツギ, テノ傳説, 慶長十年六月二十八日, 二六六

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  • 高臺寺造
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  • 慶長十年六月二十八日

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  • 二六六

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  • 899,656,59,2207に、此程造營の事ありて、人多くあつまり事さわかしく、且は此後中宿りに
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