『大日本史料』 12編 3 慶長十年三月~同十一年三月 p.492

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一豐母は上におれし, をいて、千石を加増あり、四年七月十五日、遠江國のうちにして八千石の, 年六月二日、若狹國西懸を賜はり、一萬九千八百石餘を領し、高濱に住す、, 屬せられ、天正元年、近江國長濱唐國にをいて四百石をあたへられ、五年、, 百石を加へらる、十一年八月朔日、河内國交野郡にして三百六十石餘の, の城に移り、一萬石の地を預り、三萬石の軍役を勤む、十八年、封地を遠江, 閏八月二十一日、西懸を轉して、近江國北郡を賜はり、二萬石を領し、長濱, 萬千九百石餘を預らる、文禄三年九月二十一日、伊勢國鈴鹿郡のうちに, 田伊勢守信安につかへ、岩倉沒落のゝち、織田右府につかふ、元龜元年越, 天文十五年、, 播磨國の内にして二千石を知行し、十年、同國印南郡のうちにをいて五, 前國金崎の合戰、をよひ姉川の役にも功をあらはす、のち豐臣太閤に附, 地をくはへらる、是より先、一豐は右府につかふといへとも、其俸祿のう, 加増あり、十二年、近江國高島郡長濱にをいて五千石をあたへられ、十三, の城に住す、その後、同國にをいて九千石の地をくはへられ、一宮の地壹, 國榛原佐野兩郡のうちに移され、加恩ありて五萬石を領し、佐野郡掛川, 尾張國に生る、のち織, ○梶原, 十四年, 今の呈譜, 氏ノ女, 割テ舊主, 掛川城主, 一豐俸ヲ, トナル, トナル, 萬石以上, ヲ奉養ス, 一豐ノ事, 蹟, 慶長十年九月二十日, 四九二

割注

  • ○梶原
  • 十四年
  • 今の呈譜
  • 氏ノ女

頭注

  • 割テ舊主
  • 掛川城主
  • 一豐俸ヲ
  • トナル
  • 萬石以上
  • ヲ奉養ス
  • 一豐ノ事

  • 慶長十年九月二十日

ノンブル

  • 四九二

注記 (32)

  • 1830,665,55,657一豐母は上におれし
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