『大日本史料』 12編 3 慶長十年三月~同十一年三月 p.753

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山の御旅館にまいりて、東照宮に拜〓しけれは、宇多國宗の御刀、をよひ, 須、眞壁、陸奧國石川三郡のうちにをいてこれを領し、黒羽に住す、其後、眞, 壁の郡名をあらため、芳賀郡に屬せられ、また石川郡の封地を、芳賀郡の, はり、七年また加恩あり、舊領に合せすへて二萬石となり、のち、下野國那, 陣のとき、下野國石橋にいたりて、台駕をむかへたてまつり、たゝちに小, うちにうつさる、十年政増ひとゝなるにより、家督をゆつりて致仕す、十, 金百兩を恩賜せられ、又黒羽の加勢として、岡部内膳正長盛、水谷伊勢守, を江戸にたてまつり、二心なきことをあらはす、このとし所領をまし賜, 主水某をして、黒羽城を修造せしむ、七月、景勝御征伐として、兩御所御出, 十五挺、玉藥等をたまひ、那須一族等と共に三丸を守り、證人として政増, 勝俊、服部市郎右衞門保英、伊賀のものを率ゐ來りて籠城し、資増に鐵炮, 照宮の台命をかうふり、又榊原康政おほせをうけたまはりて、家臣伊奈, により、その封を襲、慶長五年、上杉景勝逆心のきこえありしかは、領知黒, 羽は陸奧國の境たるにより、すみやかにはせかへり、守衞すへきむね、東, 資増實は高増か三男、天正四年黒羽に生る、兄晴増か嫡男政増幼稚たる, 領地ノ變, 換, 資増ノ事, 蹟, 慶長十年是歳, 七五三

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  • 領地ノ變
  • 資増ノ事

  • 慶長十年是歳

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  • 七五三

注記 (21)

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