『大日本史料』 12編 3 慶長十年三月~同十一年三月 p.896

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シァルに代り、往き覽ることを許されたり、, を築きたる處なり、カンズケドノ, を覽せしめんとせり、此鑛坑は、甚銀に富み、亦少量の金をも出し、毎年公方, に多額の歳入を供給せり、公方は、非常に此等の鑛坑を重じ、之を外國人に, 之を闕くことなかりしが、前年僧正の受けたる厚遇に勵され、自ら往きて, 公方は、師父プロ〓ンシァルを招き、世子に敬意を表せしめん爲、駿河府中に, は、師父プロ〓ンシァルの相談を, 公方に〓せんと企てたり、當時公方は駿河の府中にあり、こヽは彼の一城, 受け、公方の意を推測し、師父に答ふるに、〓見差支なからんの意を以てせ, り、, 來らしめ、又此地より數リュー往きて、此頃伊豆の國に發見せられたる、銀坑, て公方に敬意を表し、又歐羅巴より來る獻品を呈せしむるを例とし、嘗て, 示さんことを欲せしが、此度は師父ジャン、ロドリゲスをして、師父プロヴン, 師父パエスは、五月五日を以て長崎を發し、十一日を經て大阪に達せり、〓, 黄金、白銀、天正丁丑ノ頃ヨリ、土肥村ニテ始テ金, 増訂豆州志稿, 略, ○本多上, 野介正純, 土産, 師ニ伊豆, 鑛山ヲ見, 家康宣教, シム, 伊豆鑛山, ト幕府ノ, 歳入, 慶長十一年正月是月, 八九六

割注

  • ○本多上
  • 野介正純
  • 土産

頭注

  • 師ニ伊豆
  • 鑛山ヲ見
  • 家康宣教
  • シム
  • 伊豆鑛山
  • ト幕府ノ
  • 歳入

  • 慶長十一年正月是月

ノンブル

  • 八九六

注記 (29)

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