『大日本史料』 12編 34 元和六年七月~同年閏十二月 p.507

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の父の懷に身を投じて、其庇護に縋れり、, 其採掘に從事せり、其中には日本人も數多く、彼等は其國より松前と稱す, るを得て、其目的を達したり、此地方は、鑛山殊に銀山甚だ多く、五萬の坑夫、, れて、蝦夷の國に赴く事にして、其國より同地に渡る事は容易なり、よりて, ず考慮せり、役人等の許可を得ずして赴く時は、甚だ重き罰を蒙り、然も其, てパードレ・ディエゴは坑夫の服裝をなし、幸にキリシタンの舟に便乘す, 放せり、其子は快く家を出で、地上の父よりは各種の凌辱を受けしも、天上, る信徒多數ありしかば、彼は如何にして其地に到達し得べきかを、少から, るが、奧州の國を去りて、秋田地方、出羽の國の主要都市ツボタ, と惡徳とを相續すべき法なしと、此言を聞きて、父は大いに怒り、其子を追, 許可を得ることは、極めて稀なるを以てなり、取るべき策は、日本の地を離, 蝦夷及び出羽の國々、竝に津輕地方の布教, に向へり、其成果は公衆の歡待に適ひ、遍く懺悔、説教、其他キリス, パードレディエゴ・カルヴァリオは、熱誠に滿ち、善徳を積みたる勞作者な, ト教的慈愛の勤行に盡したり、津輕地方には、信仰の爲めに配流せられた, シテ、久保, 田ナラン, ハcノ誤ニ, ○原文ノz, ニハ配流, セラレタ, 教, 出羽ノ布, 津輕地方, ル教徒多, 出羽地方, ニハ鑛山, 多シ, ク住ス, 元和六年十月十二日, 五〇七

割注

  • シテ、久保
  • 田ナラン
  • ハcノ誤ニ
  • ○原文ノz

頭注

  • ニハ配流
  • セラレタ
  • 出羽ノ布
  • 津輕地方
  • ル教徒多
  • 出羽地方
  • ニハ鑛山
  • 多シ
  • ク住ス

  • 元和六年十月十二日

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  • 五〇七

注記 (31)

  • 1650,641,65,1208の父の懷に身を投じて、其庇護に縋れり、
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  • 380,649,76,2204るを得て、其目的を達したり、此地方は、鑛山殊に銀山甚だ多く、五萬の坑夫、
  • 609,648,70,2182れて、蝦夷の國に赴く事にして、其國より同地に渡る事は容易なり、よりて
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  • 955,642,73,2187る信徒多數ありしかば、彼は如何にして其地に到達し得べきかを、少から
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