『大日本史料』 12編 5 慶長十二年八月~同十三年十二月 p.196

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十八日, 看海僧正と云人出て對決す、山伏共申は、昔より例にまかせ役錢を出せと, 申、出家方より申は、先其方達の名を山伏とは何として申そ、弟子を假住と, 爭ヒ、之ヲ幕府ニ三訴フ、是日幕府之ヲ裁決ス、, 間、關東の先達共、目安を捧て公事に成、出家の方よりハ、武州浦和の玉藏院, 中にて、百年以來、山伏の先達とも峯え入候とて、毎年兩度宛寺方より役錢, 終日問答有之、吉田朱景齋是を筆記す、公事は出家方勝に成、其大體は、關東, 龍吟庵, しと申て不出錢も、是により是非共、前代の通取へしと申といへ共不出候, を取事有、又死人の弔有之寺え穢多來り、弔の道具取事有、然る近年出すま, 關東諸國ノ修驗者、及ビ穢多等、天台、眞言二宗ノ諸寺ト先例ヲ, 名付候事は何故そ、出家より役錢を取事何故とるそ、何頃より取候と申由, 事有り、於本多佐渡守, 衣鉢閣下, 亭對決可仕由也、本多佐渡守谷善阿彌聞手にて、, 〔慶長見聞書〕四十二月十八日、關東の山伏共と、眞言天台の出家衆と公, 正月十二日家久(花押), 慶長十二年十二月十八日, 正月十二日, 家久(花押), ○正, 信, 五, ・丁, 其〓況, ヲ取ルコ, トノ對決, 山伏ト眞, 言天台僧, 入峯役錢, ヲ取ルコ, 弔ノ道具, 一九六

割注

  • ○正
  • ・丁

頭注

  • 其〓況
  • ヲ取ルコ
  • トノ對決
  • 山伏ト眞
  • 言天台僧
  • 入峯役錢
  • 弔ノ道具

ノンブル

  • 一九六

注記 (33)

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