『大日本史料』 12編 5 慶長十二年八月~同十三年十二月 p.556

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つさる、, 地氏規におなし、, に命ありて東照宮にめさる, 氏盛母は綱成, か女、天正五年生る、十八年小田原沒落の後、父氏規, 長五年四月八日、父か遺領七千石をあたへられ、このとき東照宮、及ひ宇, 喜多中納言秀家、毛利中納言輝元連署の判物をあたへらる、このとし上, につかふ、のち朝鮮陣のとき、相したかひて肥前國名護屋にをもむく、慶, 下野國梁田郡足利領のうちにをいて、四千石をたまはり、これより太閤, 杉景勝御征伐のとき、御〓下に列し、下野國小山にいたり、關原の役には, 氏信母は景直か女、慶長六年生る、のち父か遺領を繼、十四年河内國丹南, かひたてまつり、岩手澤にいたる、十一月五日、豐臣太閤より、氏直か舊領, 郡の居所狹山の地、池となるにより、四十石餘を同國錦部郡のうちにう, 西尾隱岐守吉次か手に屬し、御供に候す、六年五月十一日、從五位下美濃, 守に敍任す、十三年五月十八日卒す、年三十二、淨譽心徹松林院と號す、葬, 十九年、陸奧國九戸一揆のときした, 室は船越五郎右衞門景直か女、, 氏利母は上におなし、別に家を起し、子孫右近氏副かときにいたりて斷, ○北條, 四歳, ○大坂, 時に十, 專念寺, 上總介, 小田原沒, 落ノ後秀, 氏信, 吉及ビ家, 康ニ仕フ, 北條氏盛, 氏利, 慶長十三年五月十八日, 五五六, 氏利

割注

  • ○北條
  • 四歳
  • ○大坂
  • 時に十
  • 專念寺
  • 上總介

頭注

  • 小田原沒
  • 落ノ後秀
  • 氏信
  • 吉及ビ家
  • 康ニ仕フ
  • 北條氏盛
  • 氏利

  • 慶長十三年五月十八日

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  • 五五六
  • 氏利

注記 (34)

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